2023-11

2023・11・28(火)アラン・ギルバート指揮NDRエルプ・フィル

       サントリーホール  7時

 ハンブルクに本拠を置くNDRエルプ・フィルハーモニー管弦楽団(旧称北ドイツ放送交響楽団)が、2019年秋から首席指揮者を務めるアラン・ギルバートと共に来日した。今回は22日の大阪を皮切りに30日の秋田まで、計5回の公演というスケジュールだ。
 だしものは全ブラームス・プロで、初日の大阪のみ「ピアノ協奏曲第1番」と「交響曲第2番」、あとの4回は交響曲が「第1番」に替わる。ピアノのソリストは反田恭平。

 アラン・ギルバートがこのオーケストラを指揮するのを初めてハンブルクで聴いた時は、たまたま当日のプログラムのせいだったこともあろうが、いったいこの両者、水と油なのじゃあるまいか、と思ったほどの演奏だった(☞2009年11月16日)。ところが私のいい加減な予想に反して、両者はその後うまく行っていたらしく、首席指揮者就任を1年後に控えた来日公演(☞2018年11月2日)では、このオーケストラの美点を充分に引き出した演奏を聴かせてくれるようになっていたので、大いに感嘆させられた次第なのである。

 そして今回も同様、「第1交響曲」の序奏が響きはじめた時には、なにか久しぶりにドイツのオーケストラの良き伝統的な個性を味わっているような気持にさせられたのだった。少しくすんだ音色で、いかにも北の街ハンブルクの、ちょっと野暮ったいほどの素朴な情感を漂わせたブラームス。
 最近はヨーロッパの多くのオーケストラがお国柄の味を失い、インターナショナルな色合いの音に変貌している中で、これは今どき貴重な存在だなと思わせる。

 しかもそんな音を引き出しているのが、日系アメリカ人のアラン・タケシ・ギルバートなのだということは、ますます興味深い。この「第1交響曲」の演奏は、久しぶりで「北国のブラームス」を蘇らせてくれたような懐かしさを感じさせてくれた。

 ただ、オーケストラのアンサンブルという点では、今回は何故か少し荒っぽいものがあって、よく言えば自由な感興を溢れさせた演奏、ということになろうか。しかし、曲が高潮して大きく息づく個所で、弦楽器奏者たちが一斉に音楽へ没入するように身体を波打たせながら弾く光景はちょっと感動的だし、こちら聴く側でも演奏に引き込まれてしまう。少しくらい音がずれようが何しようが、そんなことよりもずっと大切なものがある、という思いになるだろう。

 第1部でのピアノ協奏曲では、最初のうちオーケストラの音が不思議に薄く感じられて、どうしたことかと訝るほどだった。交響曲が弦16型だったのに対し、協奏曲は弦14型で演奏されたのは事実とはいえ、そういう理由からだけではなかっただろうと思うのだが、よく解らない。第3楽章に至って、オーケストラには少し重量感が生まれて来たように感じられたということもあるし━━。

 反田恭平のピアノは驚くほど清涼感と透明感に富み、この「北のドイツ人作曲家」の音楽の中に流れる澄んだ叙情美を浮き彫りにするような演奏になっていた。そうしたブラームスはあまり聴き慣れぬものではあるが、ひとつのアプローチとして興味深い。
 もしかして、アランがこの協奏曲の提示部を軽やかにスタートさせたのは、反田のこのピアニズムへの「序」という意味だったのか? 反田がソロ・アンコールで弾いたシューマン~リスト編の「献呈」の音色の美しさも感銘深かった。

 今日のホールはまさに満席だったが、雰囲気からすると、どうやら大半が反田恭平を聴きに来たお客さんだったのではないか、という印象である。あまりドイツのオケのブラームスを聴きに来たような感じではなかったが、もちろんみんな「第1交響曲」の演奏のあとには、熱狂的な拍手で応じていた。
 オーケストラは最後にブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」を演奏したが、冒頭で暫くは手拍子が交じるという部分が続いた。アランが後ろを振り返って微笑したのが印象的だった。

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