2024-03

2011・5・21(土)ピオトル・アンデルシェフスキ・ピアノ・リサイタル

   サントリーホール  7時

 ピアノの傍にソファが三つ、テーブルが一つ。そこに平服を着たアンデルシェフスキが開演前から女性(実は招聘元のスタッフ)と寛ぎ、お茶を飲んでいる。開演時間になるとやおら立ち上がり、ピアノの前の事務椅子みたいなのに腰掛け、バッハを弾き始める――という趣向だ。

 これが音楽とどのような関係があるのかは考え方次第だが、たしかに、無人の舞台に明かりが灯り、演奏者が拍手に迎えられ登場し、いざおもむろに弾き始めるバッハを構えて聴くのと、ソファから立ち上がってピアノに向かった青年がそのまま弾き始めるバッハを聴くのとでは、そのバッハの音楽そのものすら違う雰囲気に感じられるという、心理的な効果というものは存在するだろう。

 ただ、リサイタルをそういった日常的な世界に引き戻すには、このサントリーホールは、明らかに立派過ぎ、大き過ぎる。
 演奏が始まってしまえばともかく、「非日常的な」会場の椅子に整然と着席した聴衆が、ソファでお茶を飲んでいる演奏家を見つめながらシーンとして開演を待っている図は、やはりアンバランスだ。その意味では、せっかくの企画も、効果半分といったところか。

 しかし、演奏は美しく、爽やかだ。コンセプトも決まっている。
 バッハの「フランス組曲第5番」で始まり、アンデルシェフスキ編曲によるシューマンの「ペダルピアノのための練習曲(6つのカノン風小品)」、ショパンの「作品59の3つのマズルカ」、バッハの「イギリス組曲第6番」というプログラミングは、大きく弧を描いて元に戻って来る飛行の航跡を見るよう。

 伸びやかではあるが比較的端正に演奏された前半の2曲のあと、ショパンのマズルカが緩急自在に演奏されはじめると、音楽が一気に解放に向かうような感がある。
 続いて切れ目なしに入ったバッハにすら、すでに明るい流麗な自由さが漲っているかのようだ。リズムにちょっとアクセントを付して、時に変拍子に感じさせる手法も使われる。「ドゥーブレ」のあとに長い間を置いて入った「ガヴォット」が、これほど愛らしく軽快に聞こえた演奏は、そう多くはないであろう。

 アンコールでの、シューマンの「森の情景」からの4曲―――これまた、美しく瑞々しかったが、本編のまとまりに比べると、やや添え物的な感も。

    月刊「ショパン」7月号

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ニャハハハ、そんなおもしろいことする人もいるんですニャあ。バッハは、コーヒーカンタータを書いた人であることも、思い出させられたニャり。崇高に掲げすぎずに、身近なところにバッハを引き込んで、バッハとの対話をしたということですニャ。その曲がお茶シチュエーションにあうのかどうか猫はしらんが、まずはニャかニャか!(←なかなか!と猫、褒めているつもり。)

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