2024-04

2011・6・14(火)METライブビューイング  ワーグナー:「ヴァルキューレ」

   東劇(銀座)  11時

 5月14日にMETで上演されたもののライヴ映像。
 今回はドミンゴが滋味あふれる案内役を務め、一部分はジョイス・ディドナート(S)が、これも手慣れたインタビューアーぶりを見せていた。

 これは、ロベール・ルパージュ新演出の「ニーベルングの指環」第2作。
 とにかく舞台美術(カール・フィリオン)が凄い。
 基本的には「ラインの黄金」と同じ装置で、素材(たくさんの板みたいなもの)そのものはシンプルに見えるが、おそろしく精妙に、変幻自在に動き、組み合わされ、角度を変えて、巧みな照明(エティエンヌ・ブシェ)により森や岩山や騎馬のイメージなど、さまざまな景観を創り出す。映像で見てもすこぶる迫力がある。
 こんな大掛かりな舞台装置を作れる歌劇場は、今日では、METを措いて他になかろう。

 ルパージュの演出自体は、ト書に忠実である。ヴォータンとジークムント、ヴォータンとブリュンヒルデの、それぞれの親子の惜別の哀情といったものが、音楽とト書にぴったり合った形で描き出されているため、実に感動的に、ヒューマンに伝わって来る。
 最近の読み替え演出を観る時のように、「おかしいじゃないの」という疑問を自分で整理し、論理的に分析して理解しようとする手順は、此処では全く必要ないのだ。
 それゆえこちらは、ストレートに登場人物の感情に同化しつつ、併せて音楽に没頭できることになる。こういう演出も、なかなかいい。

 歌手陣では、ジークムントを歌うヨナス・カウフマンがやはり素晴らしい。水も滴るというか、颯爽たる若々しい好青年のジークムントだ。続いてはジークリンデのエファ=マリア・ヴェストブロックだろう。この2人、今や絶好調である。

 ヴォータンのブリン・ターフェルは、威圧感は充分だ。
 ブリュンヒルデはデボラ・ヴォイト。愛らしさはあるから、所謂女傑的なヴァルキューレでない点がいいだろう。そういえば、他の8人のヴァルキューレたちも、オペラとしては――ドミンゴの呼びかけに従えば――「ガールズ」の雰囲気であり、本来の性格に合っている。
 フンディングのハンス=ペーター・ケーニヒは、巨大な体躯と威圧的な声で、文句ない。フリッカのステファニー・ブライズはマツコ・デラックスばりの巨体と顔で凄みを利かせ、自ら「道徳の規範」的存在とは称しているものの、やはり悪役的イメージの恐妻そのものだ。

 指揮は、ジェイムズ・レヴァイン。この時期には元気で指揮していたが、やはりあの巨体を扱いかねているように見える。カーテンコールでも彼は舞台には登場せず、ピットの指揮台にそのまま座ったきりで、歌手たちや観客の拍手に応えていたのだった。

 だがこの「ヴァルキューレ」でのレヴァイン、昔と違ってテンポが猛烈に速くなった。第3幕前半のヴァルキューレの岩山と嵐の場面など、煽りが凄まじく、やや歯止めが利かなくなったように感じられたくらいである。だが、本来の緩徐個所では、ちょうどいいテンポといえるだろう。
 いずれにせよ彼のもと、METのオーケストラが非常に上手いので、音楽が極めて豊麗に聞こえる。上映時間5時間15分の長丁場だったが、「ヴァルキューレ」の音楽の魅力と迫力が余すところなく味わえて、陶酔的な気分に引き込まれたのであった。

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