2024-03

2007・12・13(木)レニングラード国立歌劇場「イーゴリ公」

  東京文化会館

 午前中に帰国したものの、例の荷物の調査のための電話連絡に追われ、習慣にしている時差解消の午睡もろくろくできぬまま、夜のオペラに出かける。スケジュールの上では、まだ外国旅行が続いているような状態だ。

 このオペラ、今年夏から「ミハイロフスキー劇場」の名を復活し、「サンクトペテルブルク国立アカデミー・ムソルグスキー記念ミハイロフスキー・オペラ・バレエ劇場」という名称になったそうである。いずれにせよ長くて、日本ではとても使えない名称だ。長年このカンパニーを率いていた名匠ガウダシンスキーが勇退、今年夏からはエレーナ・オブラスツォワがオペラ部門芸術監督のポストに在る。

 それにしても、サンクトペテルブルクにある二つの名門歌劇場が、たった2ヶ月の間に東京で同じオペラ、それも日本では滅多に上演されないオペラを披露するというのは面白い現象だ。
 同じオペラが重なるといえば、この他にも、2007年春から2008年春までの間に日本では「タンホイザー」と「ばらの騎士」がそれぞれ4つのプロダクションで上演されるという状況が起こっている。つまり前者は東京のオペラの森(3月)、新国立劇場(10月)、ドレスデン・オペラ(11月)、ブルノ・オペラ(08年1月)であり、後者は新国立劇場(6月)、チューリヒ歌劇場(9月)、ドレスデン・オペラ(11月)、びわ湖オペラ(08年2月)というわけである。
 いずれもふだんほとんど上演されない作品なのに、重なる時には不思議に重なるもの。世の中には、時々こういうことが起こる。

 さてこの「イーゴリ公」だが、かなり以前からレパートリーとなっているプロダクションだから、いわゆるロシアの民族色のみで売るといった舞台である。舞台装置も素朴そのものだし、演技といってもほとんど無いに等しい。
 それでもウィーンの「ボリス」(12月10日の項)などと異なり、それだけでもサマになってしまうところが、「お国もの」の強みだ。音楽監督アンドレイ・アニハーノフが指揮する荒っぽいオーケストラが序曲を演奏し始め、それほど人数の多くない合唱団が凄まじい重量感のあるイーゴリ賛歌を歌い始めると、もうそれでロシアのオペラ独特の雰囲気が会場にあふれてしまうのだから、それ以上に何を望むことがあろう。

 上演ヴァージョンは慣用的なプロローグ付3幕版で、第2幕のクライマックスを構成する「ポロヴェッツ人の踊り」(だったん人という呼称は正確でない)も、演奏・舞踊ともに、結構な迫力があった。
 バス・バリトンの中では、アレクサンドル・ネナドフスキー(イーゴリ公)とアレクサンドル・マトヴェーエフ(ガリツキー公)がパワフルな歌唱を披露したが、カレン・アコポフ(コンチャーク汗)が少し細く、聞かせどころの最低音もやや弱い。
 その中で、汗の娘コンチャコーヴナを歌った若いナタリア・ヤルホワ(Ms)が伸びのある声と映える舞台姿で目立っていた。いずれ世界的な活躍をするようになるのではないだろうか。

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