2024-03

2011・9・12(月)シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団
ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」

   サントリーホール  7時

 熱烈なベルリオーズ愛好家たる私としては、この秋のシーズンで最も楽しみにしていたコンサートの一つ。その期待が裏切られなかったのは嬉しい。

 10年ほど前にザルツブルク音楽祭で聴いた頃のカンブルラン指揮のベルリオーズは、巨大志向と叙情美志向の狭間でどちらとも決めかねている、といった傾向の音楽だった。だが、今やカンブルランも、自らの個性をはっきりと見極めた時期に入ったのではないか。相手が読売日響だったため、己の意思を余すところなく演奏に投入できたのかもしれない。

 今回のカンブルランは、音量を全体に抑制し、冒頭の争いの音楽をも、兇暴に劇的に怒号させるといったものでなく、叙情的な色合いの濃い音楽に仕上げている。
 キャピュレット家の夜会場面の頂点個所も、かつてのバーンスタインの録音のように豪華絢爛たる音の絵巻にはならず、終始柔らかい響きに満ちる。それでいながら、打楽器が参加して来るあたりの緊迫感(ここは何度聴いてもワクワクさせられるところだ)は全く失われていない。
 「トリスタン」の先取りとも言える「愛の情景」は、まさに聴かせどころにふさわしい美しさの演奏だ。ベルリオーズがやや独りよがりの描写手法で書いた「墓地の場面」でも音楽を弛緩させずに持って行くカンブルランの巧さには、感心させられる。

 読売日響も、今やカンブルランとの呼吸が合い、彼の狙いを完璧に受け止められる段階に入ったのだろう。
 「マブの女王のスケルツォ」など、あたかも水晶がきらきら輝きながら流れて行く幻影を見るような音色になっていたのは素晴らしい。このあたり、最近の読売日響の好調さを証明する演奏であった。

 歌手陣には、メゾ・ソプラノにカタリーナ・カルネウス、テノールにジャン=ポール・フシェクール、バス(ローレンス神父)にロラン・ナウリ。
 特にナウリの威厳豊かな歌唱は、この曲のラストシーンの締め括りに大きな役割を果たしていた。この人は、本当に表現の幅が広い。「ベンヴェヌート・チェッリーニ」での度外れた3枚目役、「椿姫」での悩める父親役、シャルパンティエの「ダビデとヨナタス」の風格に富んだサウル役、そして今回と――未だ40代後半とはとても思えない巧さだ。
 合唱は新国立劇場合唱団。

 カンブルランには、ベルリオーズをもっとたくさん取り上げてもらいたいと思うことしきりである。

        モーストリークラシック 12月号

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