2024-03

2012・3・10(土)びわ湖ホールプロデュースオペラ ワーグナー:「タンホイザー」初日

    滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール  2時
 
 びわ湖ホール芸術監督・沼尻竜典の指揮、ミヒャエル・ハンペの演出。「ドレスデン版」による「タンホイザー」上演。
 これは神奈川県民ホール、東京二期会、京都市交響楽団、神奈川フィルとの共同制作。

 今日は初日公演で、先日広島交響楽団定期(2月24日)で抜粋演奏された際のキャスト――福井敬(タンホイザー)、安藤赴美子(エリーザベト)、小山由美(ヴェーヌス)、黒田博(ヴォルフラム)が主役陣(Aキャスト)を構成。
 共演は、妻屋秀和(領主へルマン)、松浦健(ヴァルター)、萩原潤(ビテロルフ)、二塚直紀(ハインリヒ)、山下浩司(ハインマル)、森季子(牧童)。
 合唱にはびわ湖ホール声楽アンサンブル(13人)と二期会合唱団((70人近く)が、またオーケストラには京都市交響楽団が出演した。

 結論から言うと、これは予想を遥かに超えた水準の上演であった。最後の幕が降りたあとの、満席の観客の10分を越すカーテンコールも、それを裏づけているだろう。
 第一に挙げるべきは、沼尻竜典の、端整なつくりながら劇的な起伏に事欠かない、極めて適正なテンポによる指揮である。陶酔や熱狂というタイプではなく、むしろクールな表情の指揮ではあるが、全曲は緩みのない均衡で構築されていた。これが演奏をどれほど聴きやすくしていたかは言うまでもない。

 次には京都市交響楽団の、見事に引き締まった、バランスのいい演奏を挙げなくてはならない。ピットの中でこれだけしっかりした演奏を聴かせるオーケストラは、東京のオペラ界にも稀なほどである。ワーグナーものは、何よりオケががっしりしていないとしまらないのだ。

 そして、歌手陣の充実である。主役4人については先日(2月24日)の広響定期の項で記したとおりだが、特に舞台上演たる今日は、みんな本領を発揮していた。
 とりわけ、「ローマ語り」を含む長丁場を強靭なエネルギーと情熱的な歌唱で押し切った福井敬のタイトルロールは、絶賛されてよい。悲劇的な役柄を演じてはわが国随一のテナーと言ってもいい個性が、ここでも全開していたのである。

 安藤赴美子のエリーザベトは、歌唱の面では「待ち望んでいた新しいエリーザベトが出現した」と称賛するに値するだろう。まっすぐ伸びてよく透る、若々しい清純な声質が素晴しく、若い頃のアニア・シリアを髣髴とさせる。これで演技力が備わり、舞台姿に「雰囲気」が加われば、それこそ名実ともに「理想的なエリーザベト」になるだろう。

 小山由美のヴェーヌスは、パリ版に比べると出番の長くないドレスデン版においてさえも、その存在感を誇示している。黒田博のヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハも、吟遊詩人のリーダー格としての貫禄充分だ。妻屋秀和は、持ち前の巨躯と底力のある低音を生かし、威風堂々たる領主へルマンを歌い演じていた。
 その他の歌手陣もすこぶるバランスがよく、安心して聴いていられる。萩原潤のビテロルフも、タンホイザーが歌合戦の際に罵ったような「狂える狼ビテロルフ」の粗暴な雰囲気を上手く表現していた。
 
 ミヒャエル・ハンペの演出は、予想通り。
 今では珍しいトラディショナルな――もしくはレトロな――舞台である。それゆえ、あれこれ考えずに観ていることができ、視覚に煩わされずに音楽を聴いていられるというわけだ。ラストシーンで、タンホイザーの救済を象徴する「葉の生じた杖」がヴォルフラムによって高々と掲げられ、一同が膝まづく場面など、観客にカタルシスを与える演出として、極めて伝統的な手法ではある。
 ただ、この人の舞台は、昔はもっと理詰めで論理的で、演技ももう少し細かいものであったはずで、ましてご本人が来日して立ち会っているからには、それが徹底されていると思ったのだが、――おトシの所為でその威令も緩んだか、あるいはセンスがズレたか? 

 今回のギュンター&アレクサンダー・シュナイダー=ジームッセンによる舞台装置は、「サンディエゴ・オペラのためにデザインされた」とクレジットされているが、しかしどこかで観たような舞台だと思えたのは、かつてMETで上演されたものと同じものだからだ(あの演出はオットー・シェンク。私はレーザーディスクで観ただけだが)。舞台装置が同じであれば、演出が似てしまうのも仕方なかろう。

 舞台の光景は、至極リアルで写実的だ。ヴァルトブルク山麓の場面など、蓼科か八ヶ岳の峠の中腹みたいな眺めで、ほのぼのとした味が出ている。当世のオペラの舞台ではほとんど見られなくなった光景だが、たまにはこういうのも悪くなかろう。
 紗幕の活用と照明(マリー・バレット)により、それがヴェーヌスベルクの魔の光景に変化するくだりなど、すこぶる解りやすい。

 先ほど、沼尻の指揮を絶賛したが、実は抗議したいところもある。
 第2幕のタンホイザーとエリーザベトの2重唱の一部カットもその一つだが、それよりも第2幕の大アンサンブルの後半の大幅カット(ドーヴァー版総譜314頁5小節目から332頁4小節目まで)については、どうしても共感できない。巧く繋いではあるけれども・・・・。
 なんせこの何年か、聴く上演、聴く上演、小節数は違えど、例外なく大幅カットが為されているのばかり。もう憤慨する気力も失せてしまったが、しかし今回、特にそこを聴きたかったのは、男声アンサンブルの上に朗々と響くはずのエリーザベトの清純な声を期待していたからである。そこのタンホイザーのパートはずっと休ませてもいいから、このアンサンブルは演奏してもらいたかった。

 とはいうものの、これは極めて満足すべき上演。
 横浜では今月24・25日に上演されるが、オケの神奈川フィルには、京響に負けぬよう頑張ってもらいたいところだ。6時終演。

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