2024-03

2012・3・15(木)トーマス・ダウスゴー指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

   サントリーホール  7時15分

 デンマークの指揮者、トーマス・ダウスゴーが客演。
 たった1回の演奏会だが、これは面白い。この人は、録音で聴くより、ナマで聴いた方がその真価が解りやすいといったタイプの指揮者ではないかと思われる。

 今日はチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」、シベリウスの「第7交響曲」、ニールセンの第4交響曲「不滅」を指揮したが、いずれも骨太な力感と、分厚い響きと、強烈なデュナーミクの対比を備えた演奏だ。
 細かいアンサンブルを整えるという指揮ではないけれど、この豪壮な音楽づくりの美点の前には、そんなことはたいした問題ではなくなるだろう。

 シベリウスの「7番」でのダウスゴーの重厚なアプローチは、CDで聴く彼の指揮からいっても予想外ではなかったろうか。思いがけない新鮮な魅力が、この曲から引き出されている。
 最後の瞬間にハ長調に戻るこの曲の終結は、普通の演奏では、あっけない感を与えることが多いものだが、今日の演奏では、重厚な低音部のクレッシェンドに凄味のある力感がこもっていて、みるみるうちにハ長調による解決に向かって行くといったカタルシスを感じさせた。

 「名曲解説全集」(音楽之友社)の、遠山一行氏のこの曲の解説文にある「・・・・すでに低音が主音(ハ音)上に安定しているのに対して、上声はニ音、ハ音、ロ音、ハ音と、一種の繋留のような動きを見せ、その怒濤のような全管弦楽器の咆哮のなかに、ティンパニも加わって雄大に曲を閉じる」というニュアンスは、――今夜の演奏で初めて「体感」できたような気がする。

 ニールセンの「不滅」は、ダウスゴーの、長身を弓なりに屈曲させ、さながら猛然と獲物に飛びかかるが如き身振りの指揮で、劇的に開始される。この曲の凄まじいダイナミックスと振幅の魅力をオーケストラから引き出すには、彼が見せる猛獣のようなジェスチュアは、たしかに効果的であろう。
 野生的で荒々しく、勢い込んだ演奏ではあったが、痛快な印象を与えてくれたのは事実である。

 ただ今回ティンパニは、中央奥と、上手の前方寄りとに配置されたが、後者は――客席中央で聴いた場合には――どうしてもオーケストラをマスクしてしまうことになったであろう。
 むしろ以前ヴァンスカ(と読響)が東京芸術劇場で行なった演奏会の時のように、舞台後方の下手側端と上手側端とに大きく距離をとって配置した方が、やはりバランスがいいのではないという気がする。

 それにしても、ハーディング、スピノジ、このダウスゴーと、所謂モダン系の客演指揮者が続く新日本フィルの定期は、快調である。在京8団体の中にあって、そうした客演指揮者陣を構築し、個性と傾向とを最も明確に出しているオーケストラは、この新日本フィルである。
 それは結局、音楽監督クリスティアン・アルミンクの功績に由るところ大であろう。震災後の例の事件以来、あれこれ批判されたアルミンクだが、彼の業績はやはり大きいと言わねばならない。

コメント

ダウスゴー

ダウスゴー指揮の録音で今回のような感じで聴けるもの、無くは無いです。DR響の木曜コンサートではよく出ます。以下でも音源紹介しています。
http://d.hatena.ne.jp/starboard/20110524
全然思っているポイントがずれていて、的外れだったらすみません。

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