2024-03

2012・3・16(金)飯守泰次郎、東京シティ・フィル常任指揮者最後の定期

   東京オペラシティコンサートホール  7時

 1997年9月より常任指揮者を務めて来た飯守泰次郎は、今夜の定期を以ってそのポストから退く(4月からは桂冠名誉指揮者)。ホールは、満席の盛況である。

 この定期は、昨年6月から4回に及んだ飯守の「チャイコフスキー交響曲全曲シリーズ」の最終回にも当っていた。
 今夜演奏されたのは、交響曲第2番「小ロシア」(今は「ウクライナ」と呼ぶ方が無難らしい)、「ヴァイオリン協奏曲」(ソロは渡辺玲子)、祝典序曲「1812年」(合唱入り)。重量感たっぷりのプログラムである。

 演奏は相当荒っぽかったが、その一方、情熱的でもあり、その意味では聴き応えがあった。
 「第2交響曲」など、飯守の熱血がそのままぶつけられた感がある。シティ・フィルの後継シェフが既に決まっているので気が楽になったのか、今はもう、己のやりたい音楽を何の気兼ねもなく発散させてみたい――という気持があふれているようにも聞こえる。
 オーケストラに充分な容量があれば、この猛烈な気魄をがっちりと受け止め、それなりにバランスのいい演奏をつくることができるのだろう。だが、残念ながら今のシティ・フィル――特に管楽器群には、どうもその余裕は無いようにみえる・・・・。このオーケストラ、近年とみに荒れているのではないか? 

 何か騒々しく終った「第2交響曲」の印象を救ったのは、協奏曲のソリストとして登場した渡辺玲子の、強靭な求心力をもった見事な演奏であった。
 所謂美音ではなく、むしろごつごつした造型と荒々しいエネルギーを備えた演奏だが、第1楽章冒頭のソロからして「これぞチャイコフスキー!」と感じさせるような濃厚さ、温かさ、哀愁に満ちながらも毅然とした叙情性――といったものをあふれさせていたのである。
 彼女の演奏を聴いたのは久しぶりだが、以前よりも更に凄いヴァイオリニストになったものだと舌を巻いた次第だ。彼女の猛烈自在なアゴーギクやストレッタにオーケストラがついて行けないきらいもあったが、とにかくステージを席巻した彼女のおかげで、「ヴァイオリン協奏曲」は、この日随一の聴きものとなったのであった。

 なお、今日の演奏では久しぶりに第3楽章で、――あれはアウアー版というのか? たとえば69小節目から80小節目まで(同様に259~270小節も)をカットするという、要するに昔ハイフェッツらがやっていたあの形が聞けた。その方が流れもいいことはたしかだが、しかし・・・・。

 最後は「1812年」。
 合唱団(東京シティ・フィル・コーア)はオルガンの下に並び、曲冒頭の「聖歌」と途中の舞曲風の民謡主題2箇所、及び最後の「帝政ロシア国歌」の個所を歌った。パート間のバランスがあまりよろしくないのと、歌詞が全然ロシア語みたいに聞こえなかったのは疑問だろう。
 だが最もいけなかったのは、PAで出された電子音(?)によるオルガン、大砲、鐘の音だ。不自然な音質と音量で、せっかく熱演していたオーケストラの音を覆ってしまった。ステージ上手側では、バンダとして出演した東海大学附属高輪台高校の吹奏楽部メンバーが一所懸命演奏していたが、その音も大部分かき消された。

 そんなことはあったものの、飯守とシティ・フィルの演奏はがっちりとしていて、この曲の構成をすこぶる見通しよく組み立てていたことは認めてよかろう。少なくとも、ゲルギエフや、テミルカーノフが日本で演奏したものより、各主題はずっと明確に組み上げられていたのである・・・・。

コメント

私も昨日、渡辺玲子さん目当てに演奏会に行ってまいりました。
彼女の演奏は申し分ないものでしたが、そもそもオーケストラと比べてチューニングが(これは第1楽章で顕著でしたが)若干高めであったことに非常に耳に違和感を覚えてしまいました。
もはやオーケストラとの調和うんぬん以前の問題、そういったところは最低限しっかりしてもらいたかったです。

そして久しぶりの東京シティーフィルでしたが、管楽器の弱体化はひどいものですね(笑)

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://concertdiary.blog.fc2.com/tb.php/1329-3b78c52f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中