2024-03

2012・5・19(土)沼尻竜典指揮群馬交響楽団 ショスタコーヴィチ「交響曲第4番」他

   群馬音楽センター  6時45分

 4時半頃の新幹線に乗り、5時半頃に高崎に着く。丁度いい時間だ。

 群馬交響楽団の定期演奏会、今日は首席指揮者兼芸術アドヴァイザー・沼尻竜典の指揮で、三善晃の「祝典序曲」、バルトークの「ヴィオラ協奏曲」(ソロは今井信子)、ショスタコーヴィチの「交響曲第4番」という、これまた極めて意欲的なプログラムである。 

 しかも演奏内容はすこぶる充実していて、在京オーケストラも顔色なしといえるほどの水準なのである。地方都市オーケストラがこんなに気を吐いているのだということをもっと広く知らしめるために、われわれジャーナリズムも努力しなければならない。

 このドライな、バサバサした響きのホールで、群響は本当に良くやっていると思うが、こちらの耳が慣れたのか、それとも今日の演奏が図抜けてバランスが良かったのか、超大編成の「祝典序曲」も「第4交響曲」も、極めてまとまりの好い演奏だったのには感服した。

 前者はたった4分ほどの長さながら、後者に匹敵するほどの大編成を要するという、おそろしく演奏コストの高い(?)作品である。1970年万博のために書かれて以来、これまでどのくらい演奏される機会があったのだろう。
 プレトークでのマエストロ沼尻の話によれば、「エキストラを大量に呼ばなければならないこんな小品は普段なら取り上げることはまずないが、たまたま《4番》のような大編成の曲を手がけたので、これ幸いと一緒に演奏することにした」のだそうである(これは、彼の発言そのままではなく、多少アレンジしてある)。ちょっとガシャガシャした、騒々しい曲だ。

 ショスタコーヴィチの「4番」は、以前ここで聴いた「7番」を遥かに凌ぐ演奏であった。
 作品のレベルにも雲泥の差があるから当然だろうが、聴いていてつくづく凄い音楽だと思わされたことが、その演奏の良さの証明である。こういう演奏に出くわすと、東京からわざわざ聴きに来た甲斐があったと思う。
 オーケストラの音に奥行感や空間的な拡がりが不足するのは、ここのホールのアコースティックのせいだから致し方ないが、その代わり、ギュッと凝縮した密度の濃さが感じられ、これはこれで効果的である。
 第1楽章での大強奏などには、デモーニッシュな雰囲気が満ち溢れていた。ただ、フィナーレでの最後の爆発個所は、コーダの音楽における白々とした廃墟の如き恐怖感の前触れとして、更に破壊的で自己破滅的な狂乱になってもいいかと思ったのだが・・・・。

 これら2曲の間に演奏されたバルトークの「ヴィオラ協奏曲」は、オーケストラそのものは前後2曲の大曲の中に埋没しかけたような感もあったが、それを救ったのが今井信子の、並外れて官能的で、しかも人間的な温かみを感じさせ、刻々と色合いを変えて歌われて行くソロであった。この人もまた、年齢を重ねるに従っていよいよ素晴らしい音楽を創ることのできる、素晴らしいヴィオリストである。
    音楽の友7月号 演奏会評

コメント

沼尻さんはこのところショスタコーヴィチをよくプログラムにとりあげておられ。私は11番、6番を聞きBS2で12番を聞いたところ。(京都響の8番は聞き逃した。)
群馬交響楽団ではかなり前に高関さんが大阪で10番を取り上げられ(ヨーロッパ遠征前)それが10番のなまの初体験でした。4番は井上/大阪フィルが記憶に残る名演だったように思います。私的には
沼尻さんは腕のいいシェフですが「楷書の人」なのが少し物足りないかと思っていました。
明日5/24日のセンチュリー響、ドボルザーク4番楽しみです。

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