2024-03

2012・6・12(火)ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮のバッハ:「ヨハネ受難曲」

   サントリーホール  7時

 ヴィンシャーマン翁、92歳。まだまだ元気だ。
 正味2時間05分の大曲を休憩なしに指揮し、カーテンコールでは女性奏者たちを抱いたり、オーボエ奏者の楽器を取り上げて一声聞かせてみたり(彼がオーボエを持つと、われわれの胸も懐かしさに躍る)、茶目な行動をしてみせる。

 一昨年来日時の「マタイ」や「ロ短調ミサ」では立ちっ放しで指揮、カーテンコールの際には舞台を飛び跳ねてみせるといった調子だったが、今年は時々指揮用の椅子に腰を下したり、ゆっくり俯き加減に歩いたりすることもあって、さすがに少し年齢を・・・・と思わせる。しかし、それでもやはり超人的であることには変わりない。
 
 今回の「ヨハネ受難曲」の演奏は、東京シティ・フィルと成城合唱団、マルティン・ペッツォルト(エヴァンゲリスト)、三原剛(Br、イエス)、秦茂子(S)、福原寿美枝(A)、鈴木准(T)、青山貴(Br)、淡野太郎(Br、ペテロ/ピラト)。
 字幕付原語上演で、使用楽譜はスタンダードなベーレンライター版。ただし通奏低音にはチェンバロも使用されている。

 細かいところはともかく、総じて心温まる演奏であった。
 ヴィンシャーマンの創り出す音楽は、常に温かい。円熟と滋味とヒューマニティが指揮をしている、と言ってもいいだろう。
 彼は、穏やかに淡々と、イエス処刑の悲劇を語る。特に激しく畳み込んだり、殊更に音楽を慟哭させたりすることなく、ゆったりと間を取りながら演奏を進めて行く。それが実に温かい雰囲気を生むのである。

 長丁場の中で、演奏が全く弛緩しなかった、とは言いがたい。だが、そこに鋭い緊張感を注入してドラマを引き締めていたのが、エヴァンゲリスト(福音史家)役のマルティン・ペッツォルトだった。
 「鞭打ち」の3連音符の個所のように、劇的な表現を優先するあまり雑な歌い方をするところもあったけれども、彼のおかげでこの演奏に悲劇感が保たれていた、ということは間違いないことであろう。
 しかも彼は、歌いながらその都度、合唱団の中のソロ役(ペテロ、ピラト、下僕、下女など)にキューを送っていた。まるで副指揮者のような役割をもつとめて、高齢のヴィンシャーマンを手助けする――という存在にも見えたのであった。

 日本勢ソロ歌手陣はいずれも健闘。
 三原剛にはもう少し強いイエス表現を期待したかったが、福原寿美枝の張りつめた悲劇性を感じさせるアリアをはじめとして、聴き応えはあったと言っていい。
 ただ、ドイツ語の発音に関しては、・・・・いや、私はその方面ではあまり口幅ったいことは言えないのだが、珍しく原語で歌った成城合唱団も含め、音楽にメリハリがあまり感じられず、全体になだらかな「ヨハネ」になっていたのは、ひとえにそのドイツ語の発音のせいだったのではなかろうか。
 特に合唱は、各声部がカノン風に引継がれて行く部分など、明晰さを欠いていた。これなら、一昨年の日本語で歌った「マタイ受難曲」の方が、よほど明快で、しかもメリハリに富んでいたと思う。

 ソプラノ・パートは大活躍だったが、バスのパートにもう少し力強さが欲しい個所もある。ただし、ヴィンシャーマンが求める――音楽の柔らかさ、軽やかさ、温かさを出すには、このくらいのバランスで良かったのかもしれないが。
 もう一つ、合唱団の中のソリストは、前回の「マタイ」と違い、今回はピラトとペテロ役の淡野太郎をはじめ、みんな安心して聴いていられる歌唱だった。

 冒頭では合唱もオーケストラも、ヴィンシャーマンのテンポを持ち堪えられなかったのか(決して遅い方ではなかったが)、何とも不安定で自信なげな演奏にハラハラさせられたものの、次第に立ち直って行った。コラールも、曲を追うごとにまとまって行き・・・・。
 そして、最後のコラールでの高まり。終り良ければすべて好し。
 9時10分終演。
   音楽の友8月号 演奏会評

コメント

その方に感服

指揮とオケの成果の精度は、さておきます。最後のコラールは、痛切なメッセージでした。指揮者においてもさることながら、無信仰のわたしにですら、そう祈りたい感じです。ソリストとオケの音の絡み方の美しさは、稀有だったと思います。特に女性陣が、期待以上。バックがいいし。
 オーボエを手にされた時は、周辺の観客はどよめき、私も身を乗り出しました。
あれでよかったのでしょう。自嘲的かつ、洗練された大人の、お茶目ですか?
 お年を思えば、胸がつまるような私どもの貴重な一日。そこに現れること自体、すごいのですから。でも、大好きです。また、聞けないかなあ。

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