2024-03

2012・6・22(金)アルベルト・ゼッダ指揮東京フィルハーモニー交響楽団

    サントリーホール  7時

 パーセルの「アブデラザール」組曲(7曲)、ケルビーニの「交響曲ニ長調」、ベリオの「フォーク・ソングズ」――という、日本のオケの定期としては世にも珍しい選曲があって、最後がメンデルスゾーンの交響曲「イタリア」で締められるというプログラム。

 ヘンリー・パーセルの「アブデラザール」など、その中の1曲をブリテンがあの「青少年のための管弦楽入門」の別名で知られる「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」に使っていることは承知していたけれども、組曲(の大半)をナマで聴けたのは、私は今回が初めてだった。6・5・4・3・2の小編成の弦楽合奏による今回の演奏は、大らかなものだったが、なかなか好い味を出している。

 ケルビーニの交響曲も珍しい。これもナマで聴くと、管弦楽法が結構緻密に出来ていることが判って愉しいものだ。第4楽章のアタマは、何かの曲に似ているが、まだ思い出せない。

 ベリオの「フォーク・ソングズ」は、アメリカやフランス、イタリアの歌だけでなくアルメニア、アゼルバイジャンなどの歌の編曲も含まれて、計11曲。ベリオらしく一捻りしたオーケストレーションをバックに、しかも各国語で歌い分けるのだから、歌手としてはなかなか大変だろう。富岡明子(Ms)がふくよかな声で歌っていた。

 こういう曲のあとに華々しく「イタリア交響曲」が始まると、いっぺんに開放的な雰囲気がホール全体に溢れる。効果的だ。それがすなわち、プログラミングの巧妙さ、醍醐味というものだろう。
 ゼッダの指揮は、精密なアンサンブルを求めるタイプではないが、全曲における緊密なバランスづくりや、ここぞという個所で巧みな盛り上がりを利かせて見せる術などには、すこぶる卓越したものがある。音楽に人間的なぬくもりを常に感じさせるのも、彼ゼッダの魅力だ。 
 フィナーレは、驚くほどたくましい力感と緊迫感に富んでいた。それはアンコールで繰り返された。

 東京フィル定期のプログラムに掲載されている野本由紀夫氏の解説は、詳細で、教えられるところも多い。「アブデラザール」の原作が英国の女流作家アフラ・ベーンによる悲劇であることに関し、夏目漱石の「三四郎」をも引き合いに出すあたり、面白い。聴衆にこの曲を、より親しみやすいものに感じさせたかもしれない。

 「アフラ、ベーンなら僕も讀んだ」
 廣田先生の此一言には三四郎も驚いた。
 「驚いたな。先生は何でも人の讀まないものを讀む癖がある」と與次郎が云った。
                         ――「三四郎」第4章

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