2024-03

2012・10・3(水)スーパー・コーラス・トーキョー公演 マーラー:「嘆きの歌」

  東京文化会館大ホール  7時

 「Music Weeks in Tokyo スーパー・コーラス・トーキョー特別公演」と題したこの演奏会は、東京文化発信プロジェクトの一環としての「東京の音楽文化の活性化、創造力の向上を目指す音楽フェスティバル」の一つとして開催されたもの。
 ロベルト・ガッビアーニ(トリノ王立歌劇場を経て現在はローマ歌劇場のコーラスマスター)を指導者とし、彼がオーディションで選んだメンバーで組織された合唱団「スーパー・コーラス・トーキョー」が主役だ。

 ――といっても、曲がマーラーのカンタータ「嘆きの歌」だし、指揮がエリアフ・インバルで、オーケストラが東京都交響楽団、となれば、主役の座は、多少曖昧になるだろう。衆目の見るところ、やはりこれは「インバル=都響のマーラー・ツィクルス」の「番外編」もしくは「増刊号」といったイメージだ。なお声楽ソリストは、浜田理恵(S)小山由美(Ms)福井敬(T)堀内康雄(Br)という顔ぶれ。

 今回の「嘆きの歌」は「森のメルヒェン」「吟遊詩人」「婚礼の出来事」の3部版による演奏だったが、インバルの意向で、第2部と第3部には「改訂最終版」が使用されていた。
 マーラーによるその「改訂版」では、「第1部」が削除されているのは周知のとおり。従って今回は2部構成の「改訂版」に、「初稿版の第1部」が付け加えられた――つまり「折衷版」で演奏されたということになる。この方法は珍しいだろう。

 演奏は、いつものインバルらしく、音楽を明確に堅固に構築した鮮やかなものだが、しかしこのマーラー若書きの大曲は、もともとが散漫な構成のゆえに、インバルが正面切って指揮すればするほど、作品とのギャップを感じさせてしまう。もし指揮者にとって手に負えない曲というものがあるとすれば、その一例がこの「嘆きの歌」ではなかろうか? 
 それにこの演奏は、常日頃のインバル=都響にも似ず、少々粗いアンサンブルで、もしかして練習が足りなかったんじゃァないのか、とも思わせたが如何。スーパーコーラスさんも、曲が曲だし、しかも出番がそうたくさんあるわけでもないし、本領発揮とまでは行かなかったようである。

 なお、休憩前にはワーグナーの「ジークフリート牧歌」が取り上げられていた。弦14型の大きな編成だったが、ゴツゴツしたつくりで、これも何だかぶっつけ本番的な感じの演奏。客席はほぼ埋まっており、拍手はやはりインバルに最も多く贈られていた。
  

コメント

私は4日の八王子オリンパスホールの公演に行きましたが、アンサンブルの面で粗さはなく良い演奏でした。ただ独唱者をステージ前面に出さず、合唱団と同じく奥に配置したことで、歌唱が遠くなりはっきりしませんでした。インパルの指揮したマーラー第8や復活でも、独唱者は奥に配置してましたから、彼なりのコンセプトがあるのでしょうが、私には物足らなく感じられましたね。
オリンパスホールは弦の音が豊かで響きのよいホールでした。

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