2024-03

2012・10・8(月)ロジェストヴェンスキーと読売日響のチャイコフスキー後期交響曲チクルス最終日「悲愴」

    東京芸術劇場  3時

 これは東京芸術劇場のリニューアル特別公演の一つ。ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが指揮する読売日本交響楽団が、6日から3日間にわたって「第4番」以降の3つの交響曲を、協奏曲2曲と管弦楽曲2曲を交えたプログラムで演奏して来た。今日は、「ヴァイオリン協奏曲」と第6交響曲「悲愴」。

 ロジェストヴェンスキー独特の味と色彩感覚は、健在だ。ロシア音楽をあのマトリョーシカやパレフのようなカラフルなイメージで描き出す指揮者は、ペレストロイカを境にしてだんだん少なくなって来ているが、ロジェストヴェンスキーはその最後の巨匠たちの1人ではなかろうか。

 今回の読響との演奏は、4年前の「イヨランタ」などで聴かせたような濃厚で精妙な色合いには若干不足し、また以前よりは少し淡白な味になったか・・・・という気もするが、それでもこの豪壮な色彩感は、昔ながらのロジェヴェンである。協奏曲でも交響曲でも、オーケストラをたっぷりと響かせ、特に金管を壮烈な力感で吹かせる。
 「悲愴」での音量的な頂点は、第1楽章の再現部と、第4楽章の後半に置かれていたが、そこでのそれぞれトロンボーンおよびテューバとトランペットのfffによる激烈な慟哭は、日本のオーケストラからは久しぶりに聴くものだった。
 テンポも全体にやや遅めになった感があり、――特に第3楽章は、昔のモスクワ放送響との録音を含め、もともとそう速い方ではなかったが、今日は更に遅いテンポでどっしりと音楽が進められていた。読響のソロもいい。冒頭のファゴットのソロは力強く、第1楽章のコーダは見事な均衡を示して美しい。

 「ヴァイオリン協奏曲」でのソロは、サーシャ・ロジェストヴェンスキー。音色はいいのだから、もっと音程を正確に、テンポはもっと柔軟に弾いてもらいたいものだ。一方オーケストラは、この上なく堂々として立派な風格の演奏だった。

 今日はオルガンの前に反響版を下ろしての演奏。そのせいもあってか、オーケストラの響きは厚みに満ちて豊麗となり、残響も豊かになった。このホールは、満席でもこれほど音がよく響くところだったか。響きすぎるという人もいるらしいが、私は残響の長い方が好きだ。

 終演後のこと。廊下で、ある奥さんらしい人が、「悲愴」の最後の感動的な終結個所のさなかに客の1人が大きなクシャミをしてホール内の空気を揺らしてしまったことに大憤慨しており、それをご主人らしい人がなだめていた。奥さんの気持は解る。
 もう一つ。この劇場はリニューアルしてから、終演後、クロークに向かって左側のドアを開き、そこからも客を外に出せるようにしたようである。非常出口利用か? エスカレーターやエレベーターが混雑する時には手頃かなと思い、試みにそちら側から出てみた。ところがこれは、スロープを折り返しながら下って行く通路。距離の長いのなんの。どこまで歩いても、地上は遥か遠くにある。こんな道に来るんじゃなかったと途中で面倒臭くなったが、引き返すわけにも行かぬ。
    音楽の友12月号 演奏会評

コメント

確かに静かなときの咳き・くしゃみは気になりますね。このごろはハンカチや手で押さえることもせず、平然としている人が多すぎます。2年位前まではベルリンフィルの定期公演のプログラムにも咳き・くしゃみに気をつけて欲しい旨書いてありましたし、LPOのプラグラムではくしゃみは騒音として○○dbもあるので、気をつけろとも書いてありました。日本だけではなく、世界中での現象です。先日もベルリンで本当に難儀しました。

東条先生、いつも拝見いたしております。
ご感想、ほぼ同感ですが、最後のくしゃみ
本当にいただけませんでした。
死んでも、というと言いすぎかもしれませんが
絶対にしてはならないところで、あれでは
それまでの感銘がぶち壊しです。
誠に画竜点睛を欠くというか、残念でした。

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