2024-03

2013・4・4(木)東京・春・音楽祭 ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

   東京文化会館大ホール  3時

 これも恒例となった「東京・春・音楽祭(東京のオペラの森2013)」のワーグナー・シリーズの一環。昨年の「タンホイザー」同様、演奏会形式による上演。
 最前列にソリストたちが譜面台を前に立ち、そのうしろにオーケストラ、合唱、舞台奥の巨大なスクリーンに映像と字幕が投射される。

 オーケストラは常連のN響。今回の指揮はセバスティアン・ヴァイグレ。合唱が東京オペラシンガーズ。
 主役歌手陣は以下の通り――靴屋の親方ハンス・ザックスをアラン・ヘルド、金細工師の親方ポーグナー及び夜警をギュンター・クロイスベック、市の書記ベックメッサーをアドリアン・エレート、若い騎士ヴァルターをクラウス・フローリアン・フォークト、ポーグナーの娘エファをアンナ・ガブラー、徒弟ダフィトをヨルグ・シュナイダー、乳母マクダレーネをステラ・グリゴリアン。
 なお他の親方連中を、甲斐栄次郎(パン屋コートナー)をはじめ、山下浩司、片寄純也ら日本勢が手堅く固めていた。

 休憩を含め5時間半の長丁場をともあれ保たせたのは、やはり歌手陣の個性だろう。
 特にフローリアン・フォークトは、舞台上の雰囲気からして、当り役そのものだ。大詰でいよいよあの歌を歌い出そうとする時、満場の期待を一身に集めて息を呑ませるような雰囲気を創り出してしまうようなヴァルター役は、今日では彼を措いていないのではないか、とさえ思わせる。
 エレートも、2009年にバイロイトで観た彼の前衛芸術家的ベックメッサーが忘れられない。歌唱だけからも、その片鱗を知ることができる。

 ガル・ジェイムズに代わりエファ役に登場したアンナ・ガブラーは、どこかで聞いた名だと思ったら、DVDで観たグラインドボーン上演のエファを歌っている人だった。今夏のザルツブルク音楽祭でも同役を歌うというから、ますます楽しみになった。
 ザックスを歌ったヘルドは、悪くはないのだが、もう少しこの親方らしい複雑な心理の表現と、声にも滋味といったものが欲しい・・・・。

 惜しむらくは――という問題が二つ。
 まずN響。昨年もそうだったが、演奏が、味も素っ気もない。ワーグナーのこの音楽に愛情も共感も抱いていないのでは、とまで思えて来る。セバスティアンのその人が、もともと乾いた指揮をする人だから、ある程度は予想していたけれども・・・・。第3幕の「マイスタージンガーたちの入場」も、最後の「ザックス万歳」の歓呼の場面にしても、とにかく演奏がクールで、ちっとも熱気が伝わって来ないのだ。
 それに舞台上の配置のためか、反響版の位置との関係か――あるいはこちらの聴いた席の位置(2階正面最前列)の所為か――音が乾いてばさばさで、低音域が全く聞こえて来ないのには落胆させられた。

 もう一つは、字幕だ。背景の大きなスクリーンを活用して上下左右に各人の訳語を分散して表示するというアイディアは、やや目まぐるしいけれども、悪くはない。だが問題は、文章が短く頻繁に変わるので、読み続けるのが疲れてしまうことだ。時にはもう少し長いフレーズで表示する方がいいだろう。
 更にいけないのは、その字が見にくいことだった。背景の映像(といっても図柄程度だが)が白色系であり、その上に白い字が投射されるからである。デザイン優先は困る。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://concertdiary.blog.fc2.com/tb.php/1617-3f59a823
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中