2024-03

2013・5・25(土)ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」
バリー・コスキー演出、シュテファン・ショルテス指揮

    エッセン・アールト・ムジークテアター  6時

 TVではPPMの「花はどこへ行ったの」という曲の題名をもじって、「Where has the summer gone」というニュース番組をやっていた。ただしここエッセンでは、快晴のためもあってか、ドイツ北方の街にもかかわらず、それほど寒いというほどには感じられない。

 緑の公園の中、フィルハーモニーに近接して建つアールト・ムジークテアターに来たのは2度目だ。おそろしく広いホワイエと、大きな傾斜のため観やすいパルケット(1階席)の構造が特徴的で、音響もすこぶる良い。

 この劇場の「トリスタンとイゾルデ」は、既に7年ほど前から上演されているプロダクションで、非常に評判が良いようである。
 舞台装置(クラウス・グリューンベルク)は、見事にシンプルだ。幅も奥行も僅か数メートル程度の正方形の箱が暗黒の舞台中央に「浮かんで」おり、第1幕と第2幕のすべては、この小さなスペースの中で演じられる。第1幕は船室風の造り、第2幕は果物皿と照明があるだけの居室風。
 この小さな空間が与える圧迫感は息がつまるほどで、如何にも「宿命に閉じ込められ、動きの取れない」主人公たち――トリスタンとイゾルデだけでなく、マルケ王でさえ――の状態を象徴するかのようだ。

 第2幕の「愛の二重唱」の間に、この正方形の箱舞台は、2人の恋人たちを乗せたままゆっくりと回転し続け、天地さかさまの状態にまでなる(歌手はこれに合わせ姿勢を変えて行かなくてはならないから、大変だろう)。第3幕でトリスタンが初めてこの箱から出られるのは、彼の死の瞬間においてである。
 この「制約された世界」たる箱は、イゾルデが「愛の死」を歌っているさなか、次第に舞台奥へ遠ざかって行き、ついには点となって観客の視界から消える。あとに残るのは、すべてのものから解放された、死せるトリスタンとイゾルデの2人のみである。見事な手法だ。

 この「箱」は、前述のとおり狭く、しかも舞台の中央5分の1程度のスペースしかないので、客席の両端からは見切りが出ているかもしれない。少なくとも、歌手が左右どちらかの壁にへばりついた状態にある時には、そちらの方の観客には見えなくなるだろう(以前、びわ湖ホールで上演されたホモキ演出の「ばらの騎士」の舞台装置に少し似ている)。

 その代わり、歌い手にとっては絶好の反響版となり、無理をせずに声を出すことが出来るだろう。トリスタン(ジェフリー・ダウド)、イゾルデ(エヴェリン・ヘルリツィウス)、ブランゲーネ(マルティーナ・ディーケ)、マルケ王(マルセル・ロスカ)、クルヴェナル(ハイコ・トリンジンガー)、メーロト(ギュンター・キーファー)ら、みんな箱の中ではビンビンと声を響かせていた。ただし、第3幕で箱の周囲の舞台全体が開放された状態になると、外側で歌っている歌手には、多少分が悪くなる面も出て来るわけだ。

 しかし、その開放された舞台においても、ヘルリツィウスだけは――舞台最前方で歌っていた所為もあるだろうが――「愛の死」の最後まで力強く、美しく歌い切った。彼女の声は決して叫びにならず、清澄で清純な感を与え、よくある女傑然としたイゾルデではないので、聴いていて快い。容姿も小柄で可憐な印象を与える。今夜の歌手陣の中では、図抜けた存在であった。
 トリスタン役のダウドは、いわゆるヘルデン・テナーとはちょっと違い、柔らかい感じで、もう結構な年齢だという話だが、それでも最後まで安定した歌唱を聞かせてくれた。

 だが今夜、私が最も感動したのは、シュテファン・ショルテスの指揮と、エッセン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏である。ショルテスは例によって歯切れよく、テンポも速めだ(第1幕75分、第2幕65分、第3幕70分)。だが音楽に慌しい感は全くなく、微細なニュアンスが犠牲になることもない。音楽が、速いテンポで息づいているのである。

 そして、エッセン・フィルの厚みと底力にあふれた音も、この上なく魅力的だ。特に第3幕中盤以降、トリスタンの苦悩の場面から、イゾルデの到着、トリスタンに縋りついた彼女の慟哭の歌にいたるまでの、沸騰するオーケストラの凄まじい雄弁な力と緊迫感には、息を呑んだほどである。極め付きは最後の「愛の死」で、地を揺るがせるような弦楽器群のトレモロ、空間的な拡がりを持ったオーケストラの、まさに音の大海怒涛といった響きは圧倒的であった。これを聴いただけでも、はるばるエッセンまで今回の「トリスタン」に来た甲斐があったというものである。

 終ってみればどうでもいいことなのだが、演出で一つだけ気持の悪いことを挙げれば、第1幕でイゾルデが、トリスタンと戦って敗死した前夫モロルトの生首を透明な首桶に入れ、それを愛撫したり、首桶に腰掛けたりしているという光景だ。彼女のその「恨み」が、第1幕でのトリスタンとの軋轢における重要なモティーフ(の一つ)になっていることは台本でも明らかだが、どう見ても趣味が悪い。

 10時45分終演。昼間は快晴だったが、夜は雨。

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