2024-03

2013・10・26(土)「ムーティ、ヴェルディを語る」

   BUNKAMURAオーチャードホール  5時

 指揮をするのではなく、講演をするだけなのに、2千人収容のオーチャードホールを満杯にするというのはさすが、大リッカルド・ムーティ様だけのことはある。

 今日は彼の伝記を翻訳出版した田口道子が司会と通訳を務め、ムーティがヴェルディのオペラについて語り、そのあとに安藤赴美子(ソプラノ)と加藤宏隆(バリトン)が「椿姫」のヴィオレッタとジョルジョ・ジェルモンの二重唱を歌ってムーディの指導を受ける、という内容のイヴェントだった。

 とにかく、ムーティの話の上手いこと、ピアノの上手いこと、声のいいこと、歌の上手いこと、演技の巧いこと、ユーモアの見事なことには驚くばかり・・・・それに実に温かく愛敬のある笑顔などが加わって、当初の1時間半の予定が、何と休みなしの2時間半に及び、聴衆をすっかり魅了してしまった「講演会」であった。

 最初、彼が自分の経歴を延々と語り始めた時には、この調子でどこまで行くのかと不安になったが、やがて初めて指揮したヴェルディのオペラが「群盗」だったという話から、当時の上演が如何にカットだらけの演奏だったかという話に発展させ、ヴェルディが本当はどんなに緻密にスコアを書き、歌い方をも詳細に指示していたか、そしてそのヴェルディの意図を忠実に生かす歌唱・演奏を復活させる「闘い」に自分は40年間を捧げて来た・・・・という話に結び付けたその「話の持って行きようの巧さ」には、本当に感心させられた。

 そして後半は「歌唱指導」に入ったが、彼の指導で浮き彫りになったのは、残念ながらわが日本の歌手が如何に声は良くても、「言葉」の表現とその背景にある意味について理解せず、ただ音符を追って表面的に歌うだけに留まっているか、という現実であった。そして彼があれこれ説明しながら、実際に歌って聞かせながらどんなに詳しくコーチしても、それがこの日の日本人歌手にはなかなか呑み込めず、歌唱表現に反映させることすら覚束ない、という現実でもあったのだ・・・・。
 ムーティの含蓄ある座談に沸いた今夜の私たち聴衆にとって、唯一つひどく落胆させられたのは、この講演会の最後に突き付けられた「落差」だったのである。

コメント

このところ健康の不調が伝えられたムーティーさんでしたが、御健在で予定を1時間ほど越えての熱の入った講演でした。
若き日のムーティのピアノの音を聴いただけで、この人は指揮者に向くと判断し指揮者になるよう指導したというニーノ・ロータの炯眼には驚きました。
ムーティさんは、なぜかイタリアオペラだけが、上演の際に不当にカットされ改変されていたと言ってましたね。
日本人歌手二人は、たしかにムーティさんにしぼられていて、バリトンの方は気の毒なくらいに欠点を指摘されていました。感情表現が未熟なのは日本の音楽教育の欠点なのかと想わされました。

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