2024-03

2008・4・13(日)小澤征爾指揮「エフゲニー・オネーギン」

  東京文化会館

 「東京のオペラの森」の目玉公演で、小澤が日本で指揮するチャイコフスキーのオペラとしては昨年のサイトウ・キネン・フェスティバルにおける「スペードの女王」に続くもの。

 流石に彼が得意とするレパートリーだけあって、モーツァルトやベートーヴェンのオペラにおける指揮と違い、音楽の流れに生き生きとしたものが感じられる。いわゆるロシア的な澄んだ叙情性といった色合いには不足するけれど、「手紙の場」でのタチヤーナの感情の激しい起伏や、第2幕で人々の動揺が次第に高まっていくあたりのオーケストラの劇的な力感は見事なものがあった。
 「東京のオペラの森管弦楽団」の音が毎年のことながら少し粗く、それがために何となく力んだ演奏に聞こえたことは否めないが、とにかく聴き応え充分の音楽になっていたことはたしかである。

 小澤はやはり、ロシアものやフランスもの、あるいは近代・現代のレパートリーで、オペラの指揮者としても一国一城の主たりうる人なのである。
 それで充分ではないか。
 ウィーン古典派のレパートリーを演奏できなければ指揮者ではない、などという考えは、20世紀後半以降、もう過去のものとなっている。何を好んで独墺系指揮者たちの後を追う必要があろう?

 今回は合唱(東京のオペラの森合唱団)もなかなか良かった。冒頭の合唱など、力強さにハッとさせられたほどである。演技の面でも動きが良く、舞台を引き締めていた。
  ソリストの歌手陣は、まず平均的な出来だろう。タチヤーナを歌ったイリーナ・マターエワはマリインスキーのゲルギエフ軍団の一人で、この役にはぴったりだと思われたが、なぜか今夜は、声楽の上でも演技の上でもやや硬い。演出家との意思の疎通が充分であったのかどうか多少気になるところであった。

 ファルク・リヒターの演出による舞台には、私は大いに感心した。それを支えるカトリーン・ホフマンの舞台装置とカーステン・サンダーの照明も陰翳に富んでいてすばらしい。背景に滝のように降り続ける雪(季節とは無関係なもの)、彫像のように立つ抱擁した男女、氷のようなテーブル、冷徹で気取って殺伐とした社交界の場、いずれもタチヤーナの心象を象徴する風景として完璧なものがあるが、これはそのままオネーギンの心象風景にも当てはまるだろう。民族色に富む舞台も悪くはないが、このような心理的なニュアンスを押し出した演出によるロシア・オペラの舞台も面白い。
 第1幕と第3幕の雪、それに第2幕での吊られた灯(蛍光灯)のそれぞれ垂直方向の「線」と、それらに対して横方向に激しく動く群集との対比は、視覚的にもすこぶる強烈であった。

 リヒターの演出が、あまり独りよがりになっていないところにも好感が持てたが、このように意外なほどストレートな手法は、もしかしたら音楽監督(小澤)の意向もあったのかもしれない。
 しかし演技もすこぶる微細にわたっていて、特にオネーギン(ダリボール・イェニス)とレンスキー(マリウス・ブレンチウ)の葛藤は緻密に描かれていた。
 たとえば、第2幕でレンスキーがオネーギンに決闘を申し込んだのは、ただ嫉妬から生じた怒りのためだけでなく酔った勢いもあった、と解釈した演出など興味深い(私はこの発想の演出は初めて見た)。そして、ラーリナ夫人から「私の家でなんということを」と非難された瞬間、レンスキーは酔いが醒めて我に還るという演出もいい。これにより、ここで音楽がぐっとテンポを落とす意味もいっそう強調されることになる。
 また「決闘の場」で、2人のうちのどちらかが仲直りしようと試みる演出はこれまでにも数多く見たことはあるが、今回のように、2人が同じ感情を抱くようになり、もし「作法にうるさい」介添人の余計な一言がなかったら再び親友になれたかもしれない、ということを極端に強調した演出は、私には非常に印象深いものがあった。

 全曲大詰のオネーギンの歌詞の字幕には、少々驚いた。
 ここはたしかオペラの台本では「何たる恥辱!悲しみ!惨めなわが運命よ!」となっているはず。つまりこの期に及んで、まだ失恋を「恥辱」と考えるところがオネーギンの見栄っ張りでエゴイスティックな性格を表わしているわけであり、非常に重要な意味を持つ歌詞のはずである(プーシキンの原作とは異なっているが)。
 ところが今回の字幕では、「ただ死あるのみ!」となっていた。字幕を担当したのはロシア文学者であり、ロシア・オペラにも詳しい田辺佐保子さんだったから、これは何かわけがあるのかと思い、終演後に会って尋ねてみると意外や意外、「小澤さんが読んでいた英語訳歌詞がそのようになっており、彼がそれに非常にこだわっていた」ため、日本語字幕もそれに従わざるをえなかった、ということであった。英語訳歌詞がいかなるものか私は知らないが、しかしここは、やはり誤りであると思う。

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