2024-03

2015・3・20(金)アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルハーモニー交響楽団

   サントリーホール  7時

 こちらは常勝将軍ラザレフのもと、オーケストラは全力投球だ。
 今月の東京定期はショスタコーヴィチ・プログラムで、「ピアノ協奏曲第2番」(ソリストはイワン・ルージン)と「交響曲第11番《1905年》」。

 2回公演の初日だから、いつものように日本フィルの演奏はちょっとばかり粗目だが、こういう体当り的な、作品の持つエネルギーが充分に再現された演奏であれば、少しくらい粗くても何でも、聴き手は満足してホールをあとにすることができるというものである。

 協奏曲を弾いたイワン・ルージンは32歳。グネーシン音楽学校、モスクワ音楽院等に学んだ人だ。思い切りのいい、歯切れのいい演奏を聴かせてくれる。アンコールとして弾いたプロコフィエフの「ソナタ第7番」の第3楽章も含めて、活気にあふれた曲想を最大限に躍動させ、聴衆を沸かせた。
 そして、ここでのラザレフと日本フィルの演奏がまた見事で、あたかも休みなくジャンプするかのような軽快さでソリストを煽り立てる。これほど豪快でダイナミックな「2番」を聴いたことが、これまでにあったかどうか?

 「1905年」での演奏は、このオーケストラの総力をあげた壮烈な絵巻物だ。その怒号の荒々しさ、凄まじさは、ラザレフ&日本フィルのお家芸である。
 第1楽章(「冬の宮殿」前の広場)をはじめ、全曲を通じて最弱音を、ラザレフは非常にはっきりと、やや強い音で響かせるので、神秘性や哀感といった要素は多少薄められたかもしれない。だが、日本フィルの管のソロはいずれも快調で、この曲に含まれている美しさの部分を見事に再現してくれた。

 思えば、ラザレフと日本フィルは、この交響曲を、12年前━━2003年3月13日にも、すばらしく演奏したのだった。その時の日記をここに再録してみる。

 ・・・・圧巻はやはりショスタコーヴィチの「交響曲第11番」だ。きわめて起伏が大きく、標題音楽的なアプローチで、あたかもオペラのようにドラマティックな表現である。最強音の爆発の箇所では、音響的な振幅の大きさと表情の濃厚さも含めて、おそらくは日本のオーケストラによるショスタコーヴィチの交響曲の中で、最も激烈な演奏の一つとなっていたのではなかろうか。
 弱音における叙情的な部分も見事だ。曲の冒頭の弦の和音の響きにも空間的な拡がりがあり、ミステリアスな静寂と、次第に夜が明けてゆくような曲想の変化の呼吸もいい。
 第3楽章の「同志は斃れぬ」の部分でラザレフは、「このすばらしい箇所をよく聴いてください」と言わんばかりの表情で客席の方を向いたまま指揮を続けたが、そこでのヴィオラの弱音の主題は、音色の見事さといい、悲劇的な情感といい、まさに卓越したものであった。
 終結近くのイングリッシュ・ホルンによる哀歌の箇所は(奏者の一部ミスもあって)以前のデプリーストと都響のそれには及ばなかったが、全体の出来からすればそれは取るに足りないものだろう。翌日の演奏も聴いてみたいと思えることは滅多にないが、この日のショスタコーヴィチは、そういう数少ない至福の時間だった。
 日本フィルも、やるときはやるものだ。


 ━━これが12年前の演奏の印象記。これだけ読むと、当時の方が演奏のニュアンスは細かかったのかな、と思わせられるが・・・・。しかし、演奏水準の面から言えば、現在の日本フィルのそれは、当時とは比較にならぬほど高くなっていることは間違いない。

コメント

「トリデンテ」

ホルン、トランペット、トロンボーンの首席陣に、敬意と信頼を込めてこの称号を贈りたい。トロンボーン氏のまるで羽根が生えているかのようなパフォーマンスから、ネイマールみたいだなあ♪と思ってしまった。

オーケストラのサウンドの核になるのは弦楽器かもしれないけど、サウンドの格を決める→上げていくのは管楽器と打楽器の仕事という気がしています。そういう意味でこの日の金管トリオは最強。次回も楽しみです。

二日目を聴きました(1階15列中央)。
12年ぶりの再演。ラザレフは同じオケで再演をあまりしない指揮者ですが、何か期するものがあっての再演だったと思います。日本フィルの響きの洗練度は目を瞠るほどで、ラザレフの苦労が実ったことを実感します。

日本フィルのメンバーも当時とは様変わりしていて、特に金管群は格段のイノヴェーションを遂げています。今や安定したTb群の他に、Tp首席のクリストーフォリやホルン首席の日橋ら若手の優秀な奏者が日本フィルの響きを引っ張っているのは心強いことです。

木管群は12年前当時の首席奏者たちは在京随一の陣容でしたが、今はクラリネットの名手伊藤氏が残るのみ。代わりに女性の優れた奏者が加入して多少小振りながら佳いアンサンブルを聴かせてくれます。

あとは弦群、とりわけヴァイオリン群の響きのヴォリュームと表現力を強化すれば、万全でしょう。全体のバランスも更に整うと思われます。その獲得した洗練度と今後の課題がこの日の「第11番」によく示されていたと感じました。

でも、この日の「第11番」を体験して、やっと12年前を忘れることができた、そんな感慨に耽って会場を後にしました。

因みに12年前の定期では、前半に小川典子がラフマニノフ「ピアノ協奏曲第1番」を弾いてその定期を一層強力にしていました。ラザレフと小川典子の信頼関係もその時依頼ずっと続いています。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://concertdiary.blog.fc2.com/tb.php/2114-6e84c466
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中