2024-03

2018・1・20(土)大野和士指揮東京都交響楽団

      東京芸術劇場コンサートホール  2時

 早稲田大学オープンカレッジのオペラ入門講座第2回(「フィガロの結婚」の巻)を終って池袋へ回る。概して土曜日は聴きたい演奏会が多いという傾向があるので、スケジュールのやりくりにも嬉しい苦労をすることになる。
 今日は大野和士が指揮するメシアン・プログラム。私としては、彼のメシアンを聴くのは、もしかしたらこれが最初だったか?

 1曲目はしかし、大野と都響の演奏ではなく、ヤン・ミヒールスのピアノ・ソロだった。照明を暗くして演奏されたのは、トリスタン・ミュライユの小品「告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンへの追憶に」という曲。
 プログラム冊子に引用されている作曲者自らのメモ「飾り気のない小さな作品」(飯田有訳)という表現が、良い意味でぴったり来る曲だろう。メシアンの初期のピアノ作品から素材が採られている由。曲想も演奏も清冽で透明な,何とも快い美しさに満たされた短い時間であった。
 そして、拍手とカーテンコールのあと、ピアノの位置はそのままに楽員たちがステージに入って来て、今日のメイン・プロであるメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」に移る。

 演奏は、いわゆるどぎつい色彩感とか、威圧的な物々しさとかいったものとは一線を画した、均衡と調和に重点が置かれた柔軟で温かいスタイルだった。
 このような「過激でない」タイプの「トゥーランガリラ交響曲」の表現は、わが国のオーケストラに多く聴かれる特徴だろう(所謂国民性の為せる業でもあろうが)。
 とりわけ今回の大野と都響の演奏には、リズムも含めて響きの柔らかい、音色の美しさという特徴が印象づけられる。先日のR・シュトラウスやツェムリンスキーの作品の時と同じように、殊更な力み返った音を出さず、すべての楽器がバランスよく溶け合って響く。その意味では、極めて自然体の「トゥーランガリラ」だったと言うべきか。静寂な官能的法悦感にも、全く不足はない。

 しかも━━特に最後の2つの楽章においては、頂点への追い込みの個所で、クレッシェンドとアッチェルランドも聴かれる(そのように感じられる)。それはすこぶる緊迫感に富んだものであり、少々乱暴な言い方をすれば、メシアンの音楽に良い意味でのロマン的な手法を加味した演奏とでも喩えたらいいだろうか。そのあたりの大野の指揮と、それに応える都響の両者の呼吸は、これまた実に巧いのである。

 ただ、率直に言えば、全体にそれら美音の均衡が重視されるあまり、熱狂にせよ陶酔にせよ、各楽章の間に際立った対比といったものが薄れ、長い全曲がやや単調で単一的なものに感じられなくもなかったのだが━━。

 夕方の新幹線で京都に向かう。翌日は、びわ湖ホールにおける「ワルキューレ入門講座」第2回だ。
    モーストリー・クラシック4月号 公演Reviews

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