2024-03

2018・4・29(日)伊藤恵ピアノ・リサイタル

       紀尾井ホール  2時

 前半にベートーヴェンのピアノ・ソナタ2曲、それも「ワルトシュタイン」と「熱情」の2曲を、ステージで続けて弾く。凄い選曲だ。しかも後半には、シューマンの「アラベスク」と、ショパンの作品25の「練習曲集」を続けて演奏する。
 演奏時間の合計こそ2時間に納まるものだが、弾くご当人は大変だろう。いや、聴き手の方でもその重量感と密度に圧倒されて、些かの疲労感を━━といってもそれは「快い」類のものではあるが━━味わうことになる。

 ベートーヴェンのソナタ2曲は力演だったが、敢えて言えば、あのベートーヴェン特有の、頻繁な起伏を繰り返しながら前へ前へと押し進んで行く流れをがっしりとまとめる緊密な構築性がもっと欲しい、ということだろうか。
 シューマンやシューベルトのような豊かな叙情の流れをそのままベートーヴェンのソナタに応用するならそれはそれで一つの興味深いアプローチだが、しかしそうするには、今日の2つの作品は、少々強面過ぎるように思える。

 休憩後にシューマンの「アラベスク」が始まった時は、おなじみのひとが聴き慣れたいつもの口調で話を始めたような気がして、懐かしい時間に戻ったなという思いに胸を浸された。
 これは、必ずしも先入観によるものではない。だがこのあたり、彼女にとって未だ挑戦的な段階にあるベートーヴェンのソナタの演奏と、長年にわたり手の内に納めて来たシューマンの作品の演奏とでは、やはり聴き手に訴えかけるものが違うようである。
 この日のプログラムの中で最も感情豊かな演奏に感じられたのは、やはりこの「アラベスク」だった━━と言ったところで、彼女に失礼には当たるまい。

 「アラベスク」の最後の音が消えて行った直後にショパンの「練習曲集」がアタッカで開始されたのは全く当を得た手法であり、この二つの作品が彼女の意識の中で互いに密接に関連づけられて存在することを意味していたようにも思われた。
 ただしこちらは、殊更に叙情的な表情づけを行なわない━━と言って、乾いた無機的なところは全くない、直截でしっかりした構築性を備えた演奏だった。

 この演奏は、所謂「ショパンの香り」というものに、そこはかとない郷愁と憧れを抱いている私のような世代からすれば、些かとっつきにくいスタイルではあったことを白状するが、これはこれで立派な演奏であったことは確かであろう。最終の「木枯し」から「大洋」にかけての昂揚感など目覚ましく、見事なものだった。

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