2024-03

2018・4・30(月)仲道郁代ピアノ・リサイタル

     サントリーホール  2時

 「Road to 2027 ベートーヴェンと極めるピアノ道 Vol.1」と題されたコンサート。
 彼女自身がプレトークで、これが向後10年、ベートーヴェンのソナタを軸にして展開する全10回のプロジェクトの開始であることを宣言している(2027年はベートーヴェン没後200年に当る)。
 自宅で愛用しているという「ニューヨーク・スタインウェイ」をわざわざこのサントリーホールまで運んで来て演奏するというのも、その並々ならぬ意気込みの表われかもしれない。

 シリーズ・タイトルは前出の如くだが、プログラムは必ずしもベートーヴェンの作品ばかりではない。今日は最初にモーツァルトの「ソナタ第8番イ短調K.310」があり、次にベートーヴェンの「ソナタ第23番へ短調《熱情》」が演奏され、休憩後にブラームスの「ソナタ第3番へ短調」、というプログラムだった。

 彼女のこの「ニューヨーク・スタインウェイ577958」は、その弾き方にもよるだろうが、明るい清澄な音色で、ぴんと張りつめた叙情美も備わっていて、どちらかというと私も好きなタイプのピアノの音だ。
 これで演奏された今日の彼女のモーツァルトの「イ短調」は、爽やかで美しく、切れ味よく、しかも激しくて厳しい。その音楽が天高く飛翔しているような軽やかさをもちながらも、どこか神経質な緊張をはらんでいて━━いわば「透明な凄味」とでもいったようなものを感じさせたのは、もちろん彼女の演奏の為せるわざだが、このピアノの音色も大きく影響していたのではないか。この日の演奏で私が一番気に入ったのは、このモーツァルトである。

 ベートーヴェンでは、この音色を引き継ぎながらも、演奏には剛直な力感が取って代わって生れていて、そこまではなるほどと思って聴いていた。
 しかし、最後のブラームスに至って、私にはちょっとついて行き難い解釈になった。このブラームスの「ソナタ第3番」は、彼女が1990年にリサイタルで弾いた演奏がいまだに印象に残っている(BMGから出たライヴLDが今も手許にある)のだが、それに比べると今回のそれは、まるで別人のような、また別の作品のような感を与えるほど、切れ味の鋭さを増した演奏に感じられた。

 そのこと自体は大いに結構なのだが、その一方、あまりの激しさに戸惑わないではいられなかった。リズムに不思議な特徴のあるソナタゆえに、アクセントの鋭さそれ自体は大いに共感するところだけれど、その打鍵の強烈さが、特に終楽章ではスタインウェイ・ニューヨークからまるで絶叫怒号のような狂乱を生み出していたのには、些か辟易させられる。
 今日のテーマは「パッションと理性」だが、ブラームスのパッションとは、果してこういうものなのだろうか? 

 ホール内の聴く位置によっては、あのピアノはもしかしたら違うように響いていたかもしれないし、その場合には演奏の性格も異なって聞こえたかもしれない━━だが1階16列ほぼ中央の私の席からは、そのように聴こえたのである。

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