2024-03

2018・11・16(金)METライブビューイング 「サムソンとダリラ」

     東劇  6時30分

 「デリラ」(日本の標準表記)か「ダリラ」(歌詞の発音)か相変わらず迷うが、やはり後者を採っておく。サムソンが「ダリラ!」と歌っているところに字幕が「デリラ」と出ると、やはり違和感があるので━━。

 これは10月20日上演のライヴ映像。新プロダクションで、ダルコ・トレズニャックの演出、アレクサンダー・ドッジの舞台美術によるもの。色彩的で大がかりな舞台だが、特に時代背景を感じさせるものではない。METの前プロダクションだったモシンスキー演出、リチャード・ハドソン装置の舞台(2001年に日本公演も行われた)に比べれば、より細密で豪華で見映えのするものに思える。

 今回のサムソンはロベルト・アラーニャ。彼の個性からして、あまり古今無双の英雄といった存在には見えないが、わざわざ彼を起用したところからすると、サムソンを神経が細かく、性格にも弱さがある男として描くねらいがあったのかもしれない。この日は、声の調子も少々良くなかったように感じられた。

 一方のダリラを歌い演じたエリーナ・ガランチャは文句なく素晴らしい。気品と美しさと、演技の細やかさと歌唱の良さで、最高のダリラのひとりだと言っていいだろう。
 今回の演出のポイントの一つは━━彼女自身も語っていたが━━サムソンへの憎悪の一方で愛をも捨てきれぬダリラが描かれる点にあり、事実、第3幕では、嘲笑に晒されるサムソンを見るに忍びないといった彼女の演技をしばしば観ることが出来た。

 但しこの日の映像ディレクターは、どうやらそういう演出の主旨や重要な演技には全く関心が無いらしく、専らスペクタクルな舞台の景観を捉えるのに熱心であり、それがこの舞台を単なる派手物と思わせてしまいかねない結果を招いていたのが、なさけないことではあった。
 もっとも演出そのものからして、第3幕の「バッカナール」にも、そのあとの大アンサンブルの場面にも、異教徒の儀式といった演劇的な性格を与えず、単なるバレエ/ダンスとしてのみ扱うという、娯楽性にとどまるものだったのだが・・・・。

 他に大祭司をロラン・ナウリ、太守アビメレクをイルヒン・アズィゾフ、ヘブライの長老をディミトリ・ベロセルスキー。
 指揮はマーク・エルダー。この人、以前(2000年9月)にMETでこの旧プロダクションを観た時にも指揮しており、至極メリハリのない演奏だったのだが、今回は多少改善され、上手くなったようである。

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