2024-03

2006・8・23(水)バイロイト祝祭(2)「ヴァルキューレ」

     バイロイト祝祭劇場  4時

 ティーレマンの音楽づくりは更に魅力的になる。弦の瑞々しく豊麗な音色を軸に、実に叙情的で、流れの美しい音楽が全編を満たす。それは勿論ワーグナーの音楽の中に初めから存在する要素なのだが、それを見事に再現してみせる腕の冴えが彼には人並み以上に備わっているというわけだ。昔のような生気の無いG・Pは影を潜めた。もっともその一方で、大きな見得を切ることもなくなったのは、少々拍子抜けさせられることも無くはない。

 第1幕では、ジークリンデ役のアドリエンヌ・ピエチョンカがひたむきな意志を持った女性を演技でも描き出し、歌唱でもリズムの明確な、歯切れのいい表現を聴かせた。彼女は全幕にわたり素晴らしい。フンディングのクヮンチュル・ユンも底力のある声で、暴力的な夫を演じる(マルケ王も含めて連日の出演だ)。

 ジークムントのエントリク・ヴォトリッヒは、開演前から「体調不良」の掲示が各ドアの入口に出ていて、声は最初から荒れ気味ではあったものの一応大過なく進んでいたが、「ヴェルゼ!」をほとんど延ばさずに先へ急ぎ、指揮者とオケが後から慌てて追い掛けるあたりから不安が増した。
 「冬の嵐が過ぎ去りて」の直前ではついに危機的状況になり、その後はもう綱渡り状態で、第1幕終結の聴かせどころでもリズム感はいい加減なものと化してオケに乗らず、オケも彼をカバーするあまりに、どたばたと突進する。ティーレマンの大見得を楽しみにしていた私たちとしては残念至極。第1幕後のカーテンコールではヴォトリッヒに大きなブーイングが彼に浴びせられたが、少々酷な感もある。

 だが第2幕の前に、主催者側スタッフが現われ(姿を見せた瞬間からすでに拍手を始めた奴がいた)、ロバート・ディーン・スミスが歌うことを告げた時には、場内はこれ見よがしの大拍手と歓声。
 たしかにこれは、拾い物であったろう。特に6月に大植英次の日本公演で彼のジークムントを演奏会形式で聴いたわれわれとしては、願ったり叶ったりであった。実に若々しい、まだ少年の面影を残す、ひたむきな性格のジークムント像が第2幕では描かれ、非常な清潔感も与えた。カーテンコールでも絶賛の嵐で、これで彼のバイロイトでの存在感は更に増したのではないだろうか。

 ファルク・シュトルックマンは、前夜に続きフル・ヴォイスの大力演。声もよく伸びて爽快だが、そのあまりのパワフルな声のおかげで、「ラインの黄金」から年月が経ったはずのヴォータンの性格上の変化があまり出ていないのは善し悪しである。「魔の炎」の場面では槍を持たず、両手を高く拡げての大音声。最後の「nie!」も指定の2倍、2小節間一杯に(実際には3小節の最初の4分音符まで)フル・ヴォイスのまま延ばす大見得。これだけ威勢のいいヴォータンも近年稀であろう。
 ブリュンヒルデのリンダ・ワトソンも、それほど個性的なイメージではないけれど、まず安全圏内の出来。但し第2幕冒頭の「ホーヨー・ト・ホー」の最後の高いH音は何度やっても下がり気味。

 ドルストの演出は、素人芝居的で苛々させられる。第2幕最後の悲劇的場面は、スミスとの打ち合せ不十分の所もあったろうが、基本的に皮相的なものに止まっているのが問題だ。ヴォータンは、愛する息子を自ら殺すに際して何ら迷いはなかったというのか?(この場面は、クプファー演出もフリム演出はよかった)。
 ノートゥングが刺さっているトネリコは、ここでは戸外から壁を壊して倒れこみ、二つに折れている電柱。神話の世界と、現代のメカニックな文明との交錯を狙う点から見れば、トネリコが碍子のついている電柱であっても一向に構わないのだが、この壁が修理されずにそのままになっているのが奇怪しい。ヴォータンがノートゥングを差し込んだのが昨日今日の話ではあるまいに。もしやヴォータンは、剣を戸外の電柱に差し込んで帰っちゃったとでも? しかしこの電柱は、倒れこんで来るには天井まで破壊しなければならぬほどの長さなのに、天井はちゃんとしている。

 客席を向いて両手を拡げて歌うイタリア・オペラみたいな類型的な身振りは、この日もフリッカに見られた。ワーグナー上演にこんな身振りが許されるというのか。登場人物相互の間に緊迫感が不足しているのは、そんなことも原因しているのだろう。
 第2幕で後方に自転車を止めて座っている男がいたり、フンディングの家に自転車を携えた子供たちがいて、その一人がジークリンデを不思議そうに見ていたり、ヴァルキューレの岩山に現代人が一人舞台をうろついていたり、━━神話と現代の混合を表す様々な手法が使われており、それは非常に面白いアイディアだが、実際の出来栄えという点では、何かちぐはぐな雰囲気が残る。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中