2023-04

2021・3・3(水)大阪4オケ「4オケの4大シンフォニー2020」

      フェスティバルホール  2時

 恒例の「大阪4オケ」。これは昨年春に行われるはずの「ベートーヴェン生誕250年」演奏会だったが、コロナ禍のため延期されていたもの。プログラムは、
井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団が「第3番《英雄》」
藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団が「第5番《運命》」
 20分の休憩を挟み、
飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団が「第6番《田園》」
外山雄三指揮大阪交響楽団が「第7番」

 全てベートーヴェンだ。
 2015年の「第1回」に際し、当時大フィル首席指揮者だった井上がブラームスの交響曲をそれぞれ1曲ずつ順にやろうという案を出したところ、藤岡と飯森が「そんなの絶対嫌だ」と言って、4楽団ともそれぞれ聴衆をワッと沸かせる得意の曲目を出し合うプログラムになったという話が当日のアフタートークでバラされたものだが、今回はどうやら、その井上案に似たコンセプトに戻ったかのようである。

 先陣を切った大阪フィルは、その井上道義が指揮。今日はいつも以上に獅子奮迅の指揮で、彼としては、本当はもっと豪放磊落な「英雄」をやりたかったのだろうが、尾高忠明・現音楽監督のもとで整備された今の大阪フィルはやはり昔とは違うのだろう、あくまで生真面目に応えていて、第1楽章最後の昂揚個所では井上がオケの中まで前進してトランペットを煽っていたにもかかわらず、さっぱり音が来ず、あの第1主題が際立たない、ということまであった。まさか原典版以外の譜面で吹いたことがない、というわけでもないだろうに。大阪随一の規模を誇る老舗オケにしては、これは良し悪しだろう。
 しかし他方、極めて遅いテンポが採られた第2楽章はまさに「葬送行進曲」に相応しい演奏で、充実感があった(アフタートークで井上サンは、昨年の丁度この日に長逝した大阪国際フェスティバルの元総帥、村山美知子氏のことに触れていたが、この第2楽章の思い入れの強い演奏は、それと関連があるのか?)。

 この大フィルは弦16型の大編成で威容を誇示したが、次に登場した藤岡幸夫と関西フィルは弦14型編成。だが気合の入りようは大フィルを凌ぎ、日本のオケとしては珍しいほど激烈壮大な「運命」を演奏した。第2楽章は引き締まって立派だったし、第4楽章展開部の最後に全管弦楽が崩れ落ちて行く個所など轟然たる凄まじさで、息を呑ませた。コーダでプレストに転じた時のテンポ感の明晰さも見事なもの。この日一番の爆演と言えたであろう。

 休憩後の日本センチュリー響は、意表をついて弦10型による「田園」。このピリオド・スタイルによるベートーヴェンは、今日の4オケの中で個性を際立たせるには絶好の方法だと思われたし、4人の指揮者の中で飯森範親の得意業を示す上でも巧みなアイディアだと思われた。小編成のすっきりした響きの演奏からは、第1部での二つの猛烈巨大型の演奏の後では、清涼な感さえ与えられる。第1楽章展開部の、主題のモティーフが反復される個所での転調の扱い方もいい。嵐の楽章もなかなかのリアル感だったが、ただ、第2楽章の弦の音色には、私としては些か抵抗感がある。
 飯森サンは、ピッコロ、トランペット、トロンボーン、ティンパニの各奏者を第3楽章トリオの個所で入場させたが、これはもともと井上サンがやっているスタイルなのだとのこと。演出としては、あまりサマにならないように思われるが如何。マーラーの「第4交響曲」第3楽章で、大爆発の瞬間にソプラノ歌手を入場させるのとは少し雰囲気が違う。

 大トリは弦14型編成の大阪響と、その名誉指揮者となった大ベテラン、外山雄三の指揮だ。この5月で90歳になろうという外山さんなのに、その元気さは驚くべきものである。ステージ上の毅然とした挙止も、アフタートークでの歯切れのいい話ぶりも、少しも変わっていない。彼が指揮した「7番」は、どちらかと言えば悠然たる風格のものだが、それでも第4楽章での昂揚感は見事なもので、ここぞという個所では堂々と音楽を決めるその気魄、その構築力、そのカリスマぶりは尊敬に値しよう。
 ただしオーケストラは、金管群の不安定さが目立ち、指揮者の遅いテンポを保ち切れぬ個所も散見して、いい状態にあったとは言い難い。とはいうものの、その量感ある演奏は、聴き終わった後の印象を鮮やかにさせる。

 というわけで、4指揮者4オケの演奏の気合の入りようは並々ならず、かつ作品の密度の濃さも尋常ではないから、些か疲れたのは事実。最後に各オケの演奏会招待の抽選会が賑やかに行われ、終演は6時少し過ぎとなった。お客さんの入りは素晴らしい。
 今年「2021の4オケ」は4月17日に開催される。また行ってみようかと思っている。

コメント

流石は大阪ですね

緊急事態宣言明けから僅か3日の大阪は熱かったですね。2700名収容の大ホールは平日の午後にも関わらず、ほぼ満席❗各オケのコアなファン以外にも、私と私の学生時代からの音楽仲間で名古屋から駆け付けたT君を初め全国各地から熱心な音楽ファンが集結したのではないでしょうか。
各オケの特性と指揮者の方々の指向が良く伺えた演奏会だったと思います。井上さん/大阪フィルの「英雄」には正直ついていけませんでした。非常にゆっくりとしたテンポの中で、いろいろやりたい事だらけな指揮者に対してオケが息切れしていた様な、、。藤岡さん/関西フィルの「運命」は最後迄引き締まった演奏を聴かしてくれました。指揮者の意図に対しオケの息もピッタリでしたね。飯森さん/日本センチュリー響の「田園」は良かったとは思うのですが、私は管楽器が弱く音もか細く感じ、少し恐々として聴いていました。トリの外山さん/大阪響の7番は非常にゆっくりしたテンポで最後迄緊張感を保って演奏しきったのには感心しました。実に驚くべき90歳ですね。
たっぷり4時間の演奏会、いろんな思いを抱いてT君と分かれ、それぞれの帰路につきました。いやー、疲れました。暫くはいいです😀

なかなか、良い企画ですね。

 東条先生のお示しの通り、来月17日にもあるようですが、なかなか、良い企画ですね。来月の演奏会は「大阪国際フェスティバル」の一環として行われるようです。
 朝日新聞の大阪本社版の3月21日に、この事に関連する記事がいろいろあったのですが(上記のいくつかのキーワード検索で3/27現在、閲覧可)、少々、私個人の感想として、腑に落ちなかったのは、岡田暁生氏の寄稿文です。
 氏の文章の内容では「日本のオケはもう、技術、解釈的に熟成して、本場の外来オケよりも、日本の地元オケの方が実があることもある‥(転載不可なので、失礼ながら簡略化させて頂きました。ご真意と違いましたら、失礼いたします。)」というような内容があるのですが、果たして本当にそうでしょうか。
 私も、一通りのメジャーなオケだけでなく、欧米各都市のいろいろなオケを聴いてきて、確かに技術的に落ちる団体もあるのですが、むしろ、各オーケストラの音楽に流れるオリジナリティやアイデンティティ、団員間で共有する解釈、演奏法‥などを、どのレベルのオケでも多くは感じています。
 そうした欧米で長く伝統に支えられ、育まれたものを日本のオケが現在、どれくらい持っているか‥それは簡単には計りえない所ですし、まずは、岡田氏がおっしゃっている程、安住していい状況、段階でもないと思うのです。
 また、上記の福田さんのように、しっかりと、各々の演奏に感想、意見を持ち、比較できる聴衆も、昨今のコンサート会場の状況を見る限り、まだまだ多いとは言えないと思います。
 オケも聴衆も共に成長する、そうした場の一つとして、油断なく、この企画を捉えて生かしてゆくことこそ、大切なのだと思います。

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