2024-03

2009・1・16(金)小澤征爾指揮新日本フィルのブルックナー「1番」

  すみだトリフォニーホール

 さて、何と書いたらいいものか?
 小澤征爾がブルックナーを指揮するのは、もちろんこれが初めてではない。あながち向いていない作曲家ではないとは思われるが、といって小澤の個性がより良く発揮されるというレパートリーとも思えない――。

 今回の「交響曲第1番」にしても、たしかに音楽のダイナミックな推進力、クライマックスへ向けて盛り上げて行く設計の巧さなどに関しては、全く異論はない。このあたりは、いつもの小澤らしく、見事なものである。

 だが問題は、それが強弱の対比――デュナーミクの設計の面だけにとどまっており、楽器のバランスの変化――つまり音色の変化の面については全く配慮されていない、ということにある。
 それゆえ、突き進む音楽はあまりに色合いに乏しく、金管と弦との対比も曖昧で、ブルックナーの音楽――たとえ初期の交響曲においても――に欠かせぬ清澄で高貴な響きも失われ、ただ混然たる一塊の音響に止まってしまう。
 特に、トランペットとトロンボーンが最強奏で参加した時のオーケストラの響きの濁りは著しい。新日本フィルには、時々このようなことがある。この点に関する限りは、N響、東京響、読売日響の後塵を拝する結果になるだろう。

 前半は、ハイドンの「協奏交響曲変ロ長調」。小澤=新日本フィルとしては、おそらく37年ぶりの演奏だろう。忘れもしないあの「新日本フィル第1回定期公演」での演奏は、私がFM東京所属時代に録音して放送したものでもあるが、当時の小澤のリズムには切れ味があった。今や音楽もかなり重くなっている。が、それは彼の変貌ゆえ致し方ない。
 今回は豊嶋泰嗣(ヴァイオリン)と花崎薫(チェロ)のソロは目立ったが、ファン=マヌエル・ルンブレラス(オーボエ)と河村幹子(ファゴット)の音はテュッティの中に埋没気味だった。それは1階席で聴いた印象なのだが。
  音楽の友3月号(2月18日発売)演奏会評

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://concertdiary.blog.fc2.com/tb.php/381-94cd4995
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中