2024-02

2022・3・8(火)山田和樹指揮読売日本交響楽団(3月定期)

      サントリーホール  7時

 ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、コルンゴルトの「ヴァイオリン協奏曲」(ソリストは小林美樹)、諸井三郎の「交響曲第3番」。コンサートマスターは長原幸太。

 ドビュッシーのこの曲を、日本の指揮者とオーケストラが、これほど官能的な音色で演奏したのを、かつて聴いたことがあったかどうか。また、コルンゴルトの独特のロマンティックな感性も、こういう演奏で再現されてこそ、その本来の良さを発揮するだろう。
 山田和樹と読響の卓越した感性と実力、畏るべしである。
 後者では小林美樹のソロもこれに呼応して、実に「色っぽい」コルンゴルトの世界となった。

 だが、それら以上に今日の白眉となったのは、1944年5月26日に完成された、諸井三郎の交響曲ではなかったろうか。
 既存のCDで聴いた時には、さまざまな旋律的主題やリズムを、20世紀前半のドイツ音楽指向的真面目さで小難しく構築した交響曲━━という印象もなくはなかったのだが、今日の山田和樹と読響の入魂の演奏を聴くと、そんなイメージは払拭されてしまう。

 たとえば第3楽章。太平洋戦争終盤の、日本の敗戦が濃厚になって来た時期の恐るべき重圧感、そしてまた威勢のいい大本営発表の情報の裏で人々の心に言い知れぬ不安が湧き上がりつつあった1944年中頃の空気を反映しているかのような不気味な曲想と、その中に一縷の希望を探し求めるような澄んだ曲想とが入り交じる音楽。

 それらは、こうしてナマで聴いてみると、形容し難い恐怖感を以て聴き手に迫って来る。戦争中の人びとの感情はこういうものだったのかもしれない、と改めて慄然とさせられるが、それはちょうど今起こっている東欧での戦争に私たちの感情が重なり合うからでもあろう。
 そしてこの第3楽章の音楽そのものも、晦渋どころか、現代の電子音楽を思わせるような、鋭く鮮烈極まる響きだったのだ。

 これは圧倒的な演奏であり、この作品に新しい光を当てる見事な演奏でもあった。山田和樹と読響の演奏を讃えたい。そして、わが国の先人作曲家たちが如何に素晴らしい世界を創っていたか、それを改めて教えられる機会に巡り合えたことが嬉しい。

コメント

諸井三郎の3番

片山杜秀氏の「鬼子の歌』を読み日本の近代の作曲家の作品を聞かねばと思い1度聞いただけのナクソスのCDを引っ張り出し諸井三郎の3番聞いたばかり。山田和樹氏は柴田南雄の交響曲も取り上げたり「再演魔」ぶりを発揮して尊敬します。なまで聞きたかったが。なまと録音がセットで聞けば理解度は劇的に上がると思うので。

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