2024-03

2022・4・6(水)新国立劇場「ばらの騎士」(2日目公演)

      新国立劇場オペラパレス  6時

 ジョナサン・ミラーの演出、イザベラ・バイウォーターの装置・衣装によるR・シュトラウスの「ばらの騎士」。
 ノヴォラツスキー芸術監督時代の2007年にペーター・シュナイダー指揮でプレミエされて以降、2011年にマンフレッド・マイヤーホーファー、2015年にシュテファン・ショルテス、2017年にウルフ・シルマーの指揮で上演されて来た。
 今回が5度目の上演で、指揮はサッシャ・ゲッツェルである。オケは東京フィルハーモニー交響楽団。

 新型コロナ蔓延時期のため、来日できた歌手は元帥夫人役のアンネッテ・ダッシュのみで、その他全員が日本人歌手という今回の布陣。しかし、その日本勢も、特に演奏の面では充分な水準を確保していた。
 主要歌手陣は以下の通り━━小林由佳(オクタヴィアン)、妻屋秀和(オックス男爵)、安井陽子(ゾフィー)、与那城敬(ファーニナル)、森谷真理(マリアンネ)、内山信吾(ヴァルツァッキ)、加納悦子(アンニーナ)、大塚博章(警部)、晴雅彦(公証人)、宮里直樹(テノール歌手)他。

 アンネッテ・ダッシュは、前記のこれまでの上演における4人の元帥夫人━━カミッラ・ニールント、ベーンケ、アンナ・シュヴァーネヴィルムス、リカルダ・メルベートらに勝るとも劣らない歌唱と演技だ。大人っぽく、ややストレスを秘めているような、少し性格のきつい(これはメイクの関係もあったかもしれない)元帥夫人像である。
 第1幕の幕切れの孤独なモノローグの場面の演技は比較的あっさりしたものだったが、全曲のラストシーンにおける、若い恋人を諦めねばならぬ苦悩(三重唱)や、ファーニナルに「若い人たちはこういうものなんですかね」と言われて侘しく「ja,ja!」と受けるくだり、あるいはオクタヴィアンから手に別れのキスを受けた瞬間など、複雑な精神状態に陥る場面での演技の微細さと巧妙さは、流石に卓越したものであった。

 オックス男爵の妻屋秀和は、まさに大奮闘といった感だろう。大きな体格を駆使して横柄に振舞いながらも、野卑になることなく、やや人の好い、愛すべきキャラとしての性格を残した演技は納得が行く。こういうオックスは2011年のフランツ・ハヴラタも演じていたから、ジョナサン・ミラーの演出の特徴なのかもしれない。

 オクタヴィアンの小林由佳も、若く気負った少年貴族を充分に演じていた。安井陽子が演じるゾフィーは2011年の上演以来だが、平民の娘というべき役柄を可愛らしく表現している。
 ただし、このオクタヴィアンとゾフィーは、毎回そうなのだが、どうもメイクが悪い。みんな、何故か老け顔になってしまうのである。

 サッシャ・ゲッツェルの指揮は、テンポも速めで切れが良く、ワルツの表情も好く、闊達で小気味よい音楽をつくる。それ自体は大変結構なのだが、演奏全体に、もう少し詩情といったものがあってもよかったであろう。それにオーケストラの最強奏個所での鳴らし方がワイルドで、序奏などけたたましい限りだったし、特に第3幕の三重唱部分など、陶酔を打ち壊すようなオケの響かせ方だったのには少々辟易した。

 オケの音色が美しくない━━というより、特に管楽器群の音色が汚いのが問題なのだが、これは東京フィル自体にも大きな責任があるだろう。ゲッツェルのこんなに荒々しい指揮を聴いたのは、初めてだ。東京文化会館のピットで東京フィルと「フィガロの結婚」を演奏した時だって、もっと綺麗な音を出していたのである。
 終演は10時20分。

コメント

二期会公演?

お疲れ様です。
招聘歌手のキャンセルが相次ぎ、実質二期会公演と言って良いものとなった。見易いが、出入りが極めて困難な席になったので、1幕で失礼したが、アンネッテ・ダッシュの聴かせどころはカヴァ―したので、不満はない。ステージの、どの位置にいても、どんな姿勢を取っても、等しく、声が響いて来るのには感服した。容姿も、おしゃれなこのオペラ向きだ。オケは、思ったよりは良かったが、シュトラウスをやるには経験不足なのだろう。

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