2024-03

2022・4・15(金)東京・春・音楽祭「トゥーランドット」

       東京文化会館大ホール  6時30分

 「東京春祭プッチーニ・シリーズvol.3」と銘打たれているが、vol.1にあたる2020年の「3部作」とvol.2にあたる「ラ・ボエーム」とは、コロナ禍の煽りを喰らい、いずれも中止になっているので、少々紛らわしかろう。
 だがともあれ、今年「トゥーランドット」が予定通り上演されたのは有難いことであった。予定されていた外国歌手勢も揃って来日、迎え撃った日本勢とともに壮烈な声のバトルを繰り広げた。

 配役と演奏は、リカルダ・メルベート(中国の姫トゥーランドット)、ステファノ・ラ・コッラ(韃靼の王子カラフ)、セレーネ・ザネッティ(奴隷女リュー)、シム・インスン(韃靼の前王ティムール)、市川和彦(中国皇帝アルトゥム)、萩原潤(中国の役人ピン)、児玉和弘(同パン)、糸賀修平(同ポン)、井出壮志朗(役人)、東京オペラシンガーズ、東京少年少女合唱団、読売日本交響楽団、ピエール・ジョルジョ・モランディ(指揮)という顔ぶれ。
 演奏会形式だが、若干の身振りによる演技は付いた。ただ、歌手たちは歌う時しかステージに現れず、歌い終わるとすぐ引っ込んでしまうので、初めて聴く人たちはストーリーを想像するのに少々不便を感じたかもしれない。

 その歌手たち、全員が冒頭からパワー全開で飛ばすこと、飛ばすこと。主役から脇役に至るまで、ここぞ己が聴かせどころとばかり、声の饗宴を繰り広げる。痛快な演奏だ。
 カラフ王子のラ・コッラは少し強引な歌い方のところもあり、少し走り気味(「だれも寝てはならぬ」の締めの個所あたり)になったりしたところもあるが、そんな瑕疵は微々たるものだ。
 儲け役たるリューを歌ったザネッティは予想通り、芯の強い声の裡に清楚可憐な表現をこめて映える。

 そんなこんなで、第2幕中盤に満を持して登場する題名役のリカルダ・メルベートが少し霞む感じになってしまったのは痛し痒し。これまでワーグナーものなどで聴き慣れて来た彼女の声が、このトゥーランドットに向いているのかどうか、正直のところ私には判断がつきかねるのだが、ただ、感情表現の巧味という点では、確かにそれなりの力はあるだろう。

 モランディの指揮は、全てをダイナミックに鳴らし、速めのテンポで全曲を一気呵成に押し通すスタイルで、劇的な迫力は充分だ。
 第2幕前半の、ピン、パン、ポンの3役人があれこれ望郷の念や愚痴をこもごも語り合う場面は、指揮者によっては同幕後半のスペクタクルな「謎解き」場面への序奏か間奏曲のような扱いにされてしまい、時に退屈になることもあるのだが、モランディはここをもリズミカルに指揮し、3人の歌手たちのやりとりを華やかに浮き上がらせ、彼らに主役同様の存在感を与えることによってドラマを引き締めていた。

 そして、彼の指揮のもと、読響が持ち前の馬力を生かして豪快に鳴り響く。オペラのオーケストラはこのくらい劇的にドラマを語った方がいい。
 それに東京オペラシンガーズの合唱も強力で、オケの咆哮をすら圧するほどの勢いで「群衆」の存在感を出した。この合唱団は先日の「ローエングリン」でも素晴らしい合唱を聴かせたし、見事な本領発揮であった。
 東京少年少女合唱隊のコーラスも可憐だったが、あんなに出たり入ったりを繰り返す舞台進行にされては、チト気の毒だ。

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