2024-03

2022・10・3(月)尾高忠明指揮新日本フィルのR・シュトラウス

      サントリーホール  7時

 つい先頃、大阪フィルを指揮してワーグナー・プログラムの快演を聴かせた尾高忠明が、今度は新日本フィルに客演し、R・シュトラウス・プロ━━「セレナード変ホ長調」、「4つの最後の歌」(ソリストはユリアーネ・バンゼ)、交響詩「英雄の生涯」を披露した。コンサートマスターは崔文洙。

 「セレナード」は、13本の管楽器がステージ前方に鶴翼の形で並び、1本のコントラバスが一歩下がった形で付き添うといった編成で、尾高は指揮者の位置に立ちつつも、新日フィルの奏者たちを讃えるかのような身振りで指揮して行った。演奏は、かなりメリハリの強いものだったという印象である。

 「4つの最後の歌」では、オーケストラは柔らかい叙情感を湛えて良かったが、肝心のユリアーネ・バンゼの声が、もう昔とは違う。これについては触れないでおくことにしたい。

 それよりもやはり、この日の演奏の圧巻は、第2部に置かれた「英雄の生涯」だったであろう。冒頭の「英雄の主題」は比較的端整な演奏で、強いて言えば紳士然とした英雄の姿と称してもよかろうが、明確な印象は掴み難い。尾高らしく、所謂大芝居調の演出の無い指揮なので、標題音楽的に誇張された演奏にはならない。
 ただ、「英雄の伴侶」における崔文洙のソロは、おそろしく表情が濃厚だった。少々入れ込み過ぎではないかと思われる部分もあったのだが、この人の個性を覗うという点では、非常に興味深いものがあったろう。

 尾高と新日フィルの演奏の良さがはっきりと出たのは、やはり「英雄の伴侶」の後半の豊麗な愛の場面と、それから作品の後半、「英雄の業績」から「英雄の隠遁」にかけての部分である。おなじみのさまざまな作品の断片が織り成され、R・シュトラウスの管弦楽手法の粋ともいうべき形が示される個所でのオーケストラの壮麗な演奏は、新日フィルからは久しぶりに聴くものだったかもしれない。尾高忠明の最近の円熟ぶりを堪能させられた演奏でもある。

コメント

リヒャルト・シュトラウス

本当にお疲れ様です。大丈夫なんですか?1日すみだトリフォニーです。
「最後の4つの歌」のソロは、寂寥感に欠け、味わい深いとまでは行きませんでした。オケは、先生仰る通り良かったです。英雄の伴侶のソロは、えらい気難しく、口煩そうな奥さんでしたが、個性的でした。オケは、良く弾き込んであって良いですが、更に豊かな響きときめ細やかなニュアンスがあれば、国際的な水準と言えると思いました。
もう「再開」と言うより、「百花繚乱」的なコンサート事情ですが、お体お気をつけ下さい。私もクラオタにあおられず、マイペースで行きます。

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