2024-03

2022・10・7(金)サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団

      東京芸術劇場コンサートホール  7時

 東京最終公演。ベルリオーズの序曲「海賊」、ドビュッシーの「リア王」からの「ファンファーレ」と「リア王の眠り」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」、ブルックナーの「交響曲第7番」(コールス校訂版)。

 曲目は前夜のそれと一部重複しているが、ホールが異なるため、演奏のニュアンスも少し異なって聞こえる。少なくとも2階席最前列で聴く限りは、アコースティックは昨夜聴いた2階席でのそれとよりも若干ドライに聞こえるので、演奏もより鮮明な響きに感じられるだろう。ただし、比較すれば━━の話だが。

 聴きものは、やはりブルックナーの「第7交響曲」だ。昔のラトルの指揮からは聞けなかったような気宇の大きさと底知れぬ深み、ゆっくりしたテンポを保持したまま音楽に巨大さを加えて行く牽引力など、いずれも彼の円熟ぶりをはっきりと感じさせる。
 ロンドン響も、例えば第1楽章の最終個所や第2楽章のクライマックス個所などでは、既に最強音に達している音楽が更に一段と力感を増すといったような、かつてベルリン・フィルがカラヤンのもとで聴かせたのと同様の大技を発揮していた。

 ただ━━その上で敢えて注文を申し上げればだが、第4楽章で何度となくクレッシェンドしては退潮しまた盛り上がるといった起伏の設計が些か単調だったきらいがあり、真のクライマックスたる終結部での昂揚が思ったほど際立たなかった感もあったのでは? 
 なおこの曲に限り、ステージ下手側から順に第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン、上手後方にコントラバス、という配置が採られていたのも興味深い。

 ところで、このコールス校訂版なるもの、第2楽章の頂点で打楽器一式が参加するのはすでにノーヴァク版で聴き慣れたものだからいいとしても、第1楽章の【A】(第25小節)でホルンがアウフタクトから入るという所謂「改訂版」と同じ形になっているのは、どうも納得が行かない。
 入魂の演奏だった故か、今日はアンコールの演奏は無かった。

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