2024-02

2022・10・9(日)フィリップ・グラス:「浜辺のアインシュタイン」

       神奈川県民ホール 大ホール  1時30分

 フィリップ・グラスの音楽が今でもこんなに人気があったのか、と驚かされたほどのホワイエの賑わいぶりだが、知人の推測によれば、多くはダンス関係のファンではないだろうか、とのこと。真偽は定かではない。
 ともあれこれは、神奈川県民ホールの開館50周年記念オペラシリーズvol.1としての上演で、非常に大規模な力作である。

 プロデューサー的な立場には神奈川芸術文化財団芸術総監督・一柳慧と、県民ホール&音楽堂芸術参与・沼野雄司の両氏の名がクレジットされているが、一柳慧氏ははからずも公演初日の前日に死去されたため、氏の追悼公演のようになってしまった。だが、それに相応しい充実の公演と言えたであろう。

 演出・振付は平原慎太郎、演出補が桐山知也、指揮がキハラ良尚。オケ・ピットには東京混声合唱団、電子オルガン2、管楽器6、ステージ上に辻彩奈(vn)。出演者は松雪泰子、田中要次、そして中村祥子を含むダンス&演技は25人。

 今回の上演では、セリフ等は日本語訳で行われた。とはいえ、ストーリーは極めて抽象的なものだし、作品の内容についての予備知識があっても、それに基づいて舞台を追うということは少々難しかろう。

 舞台はきわめて抽象的な造りで、列車も自動車も舞台には登場しないが、舞台美術(空間デザイン 木津潤平)と照明(櫛田晃代)の美しさもあって、幻想的なイメージを膨らませることはできる。月光を浴びた海を連想させる場面など、なかなか素晴らしかった。
 ただ、パリでの上演の舞台━━私は実際には観ていないが、You Tubeでは今でも少し観られる━━に比べ、悲劇的な、危機に瀕した切羽詰まった世界というイメージは薄い。やはりこれが、未だ戦乱の外にいるわれわれ日本の、平和と希望を考えることのできる境地にいる人間の感覚というものだろうか。

 今回は、音楽的な面も素晴らしかった。
 東京混声合唱団の見事な歌唱(早口言葉のような歌詞━━というより「発音」か)の見事さにも感嘆させられた。また、ステージ上で演奏した辻彩奈のヴァイオリン・ソロもエネルギッシュで、ミニマル・ミュージック特有の同じ音型の繰り返しをあのように長時間休みなしに弾くとは大変だろうなあ、と何となく気を揉みながら見ていた次第である。
 そして何より、指揮者キハラ良尚のまとめ方の巧さには賛辞を捧げたい。ミニマル・ミュージックの陶酔的な魅力を充分に再現してくれた指揮、と言っていいだろう。

 私も聴いていて、Knee Play2の前半あたりまでは少しもたれ気味に感じられたので、ミニマル・ミュージックは好きなほうだと思っていた自分も、フィリップ・グラスにはもうあまり共感できなくなっているのかな、とまで考えてしまったほどだ。だがKnee Play2の後半あたりからの演奏の盛り上がりが極めて見事だったため、再び完全にその虜になった。休憩後のKnee Play3以降も同様である。全曲は25分前後の休憩1回を含む4時間以上の長尺ものだったが、特に後半はほとんど長さを意識しなかった、というのが正直なところである。

 ただしひとつ、裁判の場における早口の断片的な日本語は、合唱の音量とほぼ同じに響くので、非常に聞き取り難かった。それ故、むしろ音楽を邪魔するような存在に感じられてしまい、延々15分近くに及ぶその部分は耐え切れない思いになったことは事実である。

 だがともあれこれは、ホール開館50周年に相応しい意義ある企画と制作であった。フィリップ・グラスとミニマル・ミュージックの存在をもう一度見つめ直す機会を提供してくれたという意味でも、これはかけがえのない公演だったと言えるだろう。

 余談だが、それにしても昔、この「Einstein on the Beach」を、何故「渚のアインシュタイン」でなく、「浜辺のアインシュタイン」などと訳したのだろう? 1950年代に原爆戦争による世界の破滅を描いて衝撃を与えた映画「On the Beach」が、あの時「浜辺にて」などという甘いイメージの言葉で訳されず、「渚にて」と訳されたのは、言葉のイメージからしても正鵠を射ていたように思うのだが━━。

コメント

極めて特別な刺激を受けました

公演に接して深い感動を覚えました。予備知識もなく劇場鑑賞してはいけないと思って、事前にCDで聴いてはいたものの、冒頭から耐えきれないほどのあまりに異質な音楽に気が動転してしまって受け入れることが出来ず、一度聴いただけでそのまま公演会場に出向いたのですが、舞台を鑑賞しているうちに得体のしれない感動に襲われてしまいました。先生が記されているように特に休憩後のKnee Play3以降には圧倒されました。「これはオペラか?ダンスか?演劇か?」と、公演チラシにプリントされていたそのものを体験した感じでした。中でも弛緩を全く感じさせないダンスの絶妙な動きとエネルギーには、半世紀以上様々なオペラを鑑賞してきた者にとって極めて特別な刺激がありました。ミニマル・ミュージックによる深遠なオペラの世界の一端を感じ取ることができた貴重な公演でした。上演時間の長さなど感じることなく、終演まで圧倒的な上演を鑑賞できました。出演者と演奏者の素晴らしさと共に全体を見事にまとめ上げた指揮のキハラ良尚さんの功績も大変大きいものがあったと思います。神奈川で独自に企画する意欲的な公演は、1998年のロバート・アシュリーの「DUST」などで強い印象を残していますが、今回の公演もまた長く記憶に留められるものになりそうです。二日間公演の初日には、初台の新国立劇場でヘンデルの素敵なオペラも上演されていました。日本ではまだあまり馴染まれていないオペラ作品が、今後ますます多く公演されていくことを大いに期待したいものです。

1日目の公演を拝見しました。

 久々の県民ホールで、なかなか刺激的な部分の多い公演でした。とりわけ、辻さんのヴァイオリンと、ダンスの動きが連動するところなどは、なかなか素晴らしいと思いました。ただ、「これは、オペラか、ダンスか、演劇か。」と言われれば、個人的には、間違いなくダンスである、と思いました。(いろいろ、各人、ご意見はおありでしょうが。)
 この公演の場合、声楽は東京混声が中心だったわけですが、なかなか健闘していたものの、東条先生のご指摘のように、やはり、長丁場で、聞き取りづらい部分もあったし、作品自体、一般的なオペラで得られる、声楽的な感動や内容とは、結構違うな、という気が個人的にはしました。(それ自体が新しい声楽の感動、という方もおられるかもしれませんが、どちらかというと、個人の感想ですが、器楽的な感じがしました。)
 この作品は月末に大阪でも上演があるのですが、事前の情報を見る限り、結構、異なる部分も多いようですね。たまたまなのでしょうか‥同じ時期での東西での上演、興味深い所です。

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