2024-02

2022・10・25(火)シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団

      サントリーホール  7時

 ドビュッシーの「遊戯」の後に一柳慧の「ヴァイオリンと三味線のための二重協奏曲」(ソリストは成田達輝と本條秀慈郎)を置き、更にドビュッシーの「イベリア」のあとにヴァレーズの「アルカナ」を置くという、実にユニークなプログラミングが行われた10月定期だった。コンサートマスターは長原幸太。

 さすがフランスの指揮者、と感服させられたのは、ドビュッシーの2つの作品におけるカンブルランの指揮だ。「遊戯」は開演早々、ということもあって、少し落ち着かぬ雰囲気もあったかもしれないが、「イベリア」の方は、読響の腕の良さとも相俟って、実に多様な色彩にあふれた演奏になった。これは、カンブルランが常任指揮者就任直前に横浜で読響を指揮した時(☞2009年4月19日)の、ラヴェルの「クープランの墓」の演奏に並ぶものかもしれない。

 そして最後のエドガー・ヴァレーズの「アルカナ」も、これまた読響の馬力の凄まじさのおかげで、さながらティラノサウルス・レックスが大暴れしているかのような猛烈な演奏となった。私はこの曲、ナマ演奏で聴くのはメッツマッハ―と新日本フィルの演奏(☞2015年4月17日)以来になるが、いつ聴いても物凄い曲である(追記:2018年12月15日にノット指揮東京交響楽団の演奏も聴いていたことをあとから思い出した)。
 冒頭の音型が「火の鳥」の「魔王カッシェイの凶悪な踊り」にそっくりだということは以前から承知していたけれども、今日この曲を聴いていて、あの映画「ジュラシック・パーク」の中で、T.レックスがジープを追って驀進して来るシーンの音楽は、ジョン・ウィリアムズが実はこの「アルカナ」の冒頭をパクったものかもしれないな、などと思った次第だ。

 2曲目に置かれた一柳慧の「三味線とヴァイオリンのための二重協奏曲」は、これが世界初演だったが、はからずも氏の(10月7日逝去)追悼演奏を兼ねることになってしまった。演奏開始前に指揮者・ソリスト・オーケストラが黙禱を捧げるというセレモニーも行われる。

 作品の方は、何といっても三味線と洋楽器━━特にソロ・ヴァイオリンとが、互いを殺し合うことなくどのように対話をするのか、抱擁し合うのか、といった点に興味をそそられていたのだが、端的に言えば、全曲の終結部でこの2つのソロ楽器が見事に口調と歩調をあわせてしまうという、信じられないような手法が採られていたのに仰天させられた、というわけである。
 しかもその音楽が、それぞれの楽器が本来屡々やるような固有のスタイルに基づくものだったというのは、一種の「コロンブスの卵」的な発想でもあり、一柳氏も見事な所に目をつけたものだ、と改めて舌を巻いたのも事実だった(プログラム冊子でも沼野雄司さんが「この感動的な終結部こそ、この作曲家がたどり着いた結論」と指摘している)。

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