2024-03

2022・11・18(金)沖澤のどか指揮 新日本フィル

       すみだトリフォニーホール  2時

 各オーケストラに引っ張り凧の沖澤のどか。今回は新日本フィルのマチネー定期に登場して、モーツァルトの「フリーメイソンのための葬送音楽」、マーラーの「亡き子をしのぶ歌」(バリトン・ソロは大西宇宙)、ブラームスの「交響曲第4番」を指揮した。

 この若さで、これだけ「音」に豊かな情感をこめることができるのは驚異的なことだろう。新日本フィルも見事にそれに応えた。「フリーメイソンのための葬送音楽」がこれだけ感情豊かに響いた演奏の例を、私は多くは知らない。
 ブラームスの交響曲でも、第1楽章の主題などには、喩えて言えば北国の憂愁といった美しさを漂わせて、昔から数え切れぬほど聴いて来たこの曲の良さをもう一度ここでも蘇らせてくれる━━そういう演奏となっていたのだ。つまり、よくあるタイプの「無味乾燥な演奏」とは全く違うのである。

 デュナミークの強調と、それによるクレッシェンドの効果もなかなか凄い。ブラームスの第1楽章でもそれはいくつかの個所で際立っていたが、第3楽章━━非常に速いテンポで演奏された━━でしばしば施されたクレッシェンドの猛烈さには驚いた。この若い女性指揮者のどこからこんな激しい感情の動きが出て来るのだろう? 第3楽章の終結近くの個所、あるいは第4楽章のコーダの個所などで、頂点へ追い上げて行く呼吸の巧さ、緊迫感の強さにも舌を巻いた。

 ただその一方、この曲の前半の2つの楽章で、音楽が盛り上がったあとに静かな主題等が訪れる個所などで、緊張が急に途切れるような瞬間があるのが気になった。その所為でもあろうが、第1楽章と第2楽章の演奏には何か一つ纏まりが不足していたように感じられたのだが、━━しかしこれは、明日の公演では解決されるかもしれない。

 「亡き子をしのぶ歌」では、最近好調の大西宇宙が好演していたのは事実だが、オーケストラの方が、冒頭の木管群からして何となく落ち着きがなく、妙に隙間の多い演奏に感じられてしまったのは私だけだろうか? しかしまあ、これも明日の演奏では何とかなるだろう。
 コンサートマスターは西江辰郎。

コメント

お疲れ様です。
「亡き子をしのぶ歌」の大西宇宙は、ドイツ語がもう少しはっきり聞こえてくれば良かったが、語り掛けるような歌い振りは説得力があった。ブラームスの沖澤のどかは、スケールは小さく感じたが、清潔な響きを引き出すのに長けている。運びも、緩急など想定内で、オーソドックスだが、若干冗長感がある。

お子様がいる沖澤さんが「亡き子をしのぶ歌」を選曲したことにびっくりしましたが、演奏を聴いて、純粋にこの音楽の素晴らしさに心酔されていることがわかりました。

ブラームスの交響曲4番はこれまでも何度も聴いているはずなのに、初めて聴くような新鮮さがありました。特に1楽章で今まで聞き分けられていなかった音が聞こえてくるような不思議な感覚でした。
前日に観たオペラの影響でざわざわしていた心がマーラー「亡き子をしのぶ歌」で穏やかになり、ブラームスの2楽章で癒されたことが私にとっての救いです。そのおかげで夜のルルーさんを心から楽しむことができました。音楽が私の生活に大きく影響し、情緒を豊かにしてくれることを改めて実感しました。

子供のいる男性指揮者が「亡き子をしのぶ歌」を選曲しても何も言われないと思うのですが。沖澤さんが「自分は女性指揮者ではなく、指揮者」と主張しているのは、こういう扱われ方に我慢がならないという事なのでしょう。

沖澤さんのブラームスは、オケのコントロールも抜群で、統率力、自身のブラームス観も明確に感じられ、素晴らしいものでした。ただ、オケは一言で言えば日本のオケそのもの。音の立ち上がりは不安定だし、音色といえるものは感じなかった。
ベルリンのオケとの違いを隔世の感をもって振っているのではないか。



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