2024-03

2022・12・10(土)下野竜也指揮日本フィルハーモニー交響楽団

      サントリーホール  2時

 ジェラルド・R・フィンジ(1901~56)の「入祭唱op.6」、マーク=アンソニー・タネジ(1960~)の「3人の叫ぶ教皇」、再びフィンジの「武器よさらばop.9」を前半で続けて演奏し、後半では、今年が生誕150年記念年になるヴォーン・ウィリアムズの「交響曲第6番」を演奏する、という何とも意欲的なコンサートだ。

 こういうプログラム、昔の読響正指揮者時代の下野が甦ったような勢いである。日フィルもよくこんな(悪い意味で言っているのではない)選曲をやったものだ。定期だからということもあるだろうが、最近の日フィルの自信といったようなものも窺える。
 コンサートマスターは扇谷泰朋、「武器よさらば」でのテノール・ソロは糸賀修平。

 前半の3曲は、日本の演奏会ではまずめったに聴けないもので、私にとってはまさに貴重な体験であり、好みはともかく、指揮者とオケに感謝しなくてはならない。「3人の叫ぶ教皇」ではもう少し色彩感や、劇的な物語を想像させる雰囲気が欲しいと思わないでもなかったが、多くを望んでも仕方なかろう。

 「武器よさらば」は、あのヘミングウェイの有名な小説ではなく、イングランドの詩人ラルフ・ネヴェットとジョージ・ピールの詩に基づいたものの由(プログラム冊子、等松春夫氏の解説に拠る)。
 オーケストラの後方上手に位置した糸賀修平が見事に歌ってくれたが、欲を言えば、こういう感動的な詩には、やはり字幕が欲しいところである━━歌詞対訳を参照しようと思っても、会場は暗いし、だいいち字が小さすぎて、さっぱり読めないのだ。

 ヴォーン・ウィリアムズの「第6交響曲」。熱演だったが、やはり私の好みにはあまり合わぬ曲だ。合わないけれども、やはり聴いておかなくてはならぬ曲ではある。

コメント

どのような演奏をこれらの作品の名演と呼ぶべきなのか、評論家の先生方も私たちもまだ経験値が決定的に不足しているのではないでしょうか。このコンサートを聴けて本当に良かったですし、ウ゛ォーン・ウィリアムズの「第6交響曲」はひょっとするとニールセンの「第5交響曲」やショスタコーウ゛ィチの「第8交響曲」に比肩し得る傑作なのかもしれないとも思いましたが、私も不思議なくらい心は平静なままでした。
下野マエストロにはこれからこの作品、このようなプログラムを何度も取り上げてほしいと思います。その結果、経験値が積み重ねられ、10年後、20年後、30年後の聴衆は2022年現在の日本の聴衆がまだ見いだせていない価値に気が付き、この作品に新たな評価を与えるようになるのかもしれません。

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