2024-03

2009・3・3(火)藤村実穂子リーダーアーベント

  紀尾井ホール

 タイトルは微妙に異なるが、プログラムは2月27日のリサイタルと同じ。しかし演奏の感銘度は、さすがに調子を上げて来た今夜の方に分があった。

 まず、ロジャー・ヴィニョールズのピアノの出来が違う。先日のそれに比べて高音域の暴れもなく、ハーモニーの厚みも充分に表出され、かつ和音の動きが声の旋律の動きに対し表裏一体、完璧に合致するようになった。曲の構築がきわめて堅固なものになったのも当然である(彼は本来、このくらいのことはできる人なのだが)。

 これで彼女の歌の印象も随分異なって来る。あの時には座りの悪かったシューベルトの歌曲集も、冒頭の「泉に寄せて」から既にピタリと決まっていた。そのあとの曲目もすべて――アンコールで歌われたシューベルトの「夕映えの中で」と、R・シュトラウスの「朝に(明日の朝、あした、他いろいろな訳あり)」も含め――なんと豊かな空間的な拡がりを持った、スケールの大きな音楽になっていたことか。
 先日「この人の歌はやはりオーケストラとの協演で聴きたいもの」などと書いてしまったが、あれはピアノの演奏への不満から出たセリフであって、今日くらいのピアノであれば文句はない。

 この人の歌で聴くシューベルトは、おとなの、毅然たる意志を感じさせる世界だ。そしてワーグナーの「ウェーゼンドンクの5つの歌」、マーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌」、シュトラウスの「ダリア」など5曲、いずれも心に秘めた襞を告白するかのような表現が見事である。
 高音のピアニッシモにおけるニュアンスは、彼女が年齢と経験を重ねるにしたがって更に微細なものになり得るだろう。先日のリサイタル時に比べると、今日の彼女の声は明るく、時にソプラノといってもいいほどの声質に聞こえたのも興味深い。

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