2024-03

2022・12・16(金)庄司紗矢香&ジャンルカ・カシオーリ

      サントリーホール  7時

 前半にモーツァルトの「ソナタ第28番ホ短調K.304(300c)」と「ソナタ第35番ト長調K.379(373a)」、後半にC.P.E.バッハの「ファンタジアWq.80」とベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」というプログラム。

 先日、今年5月に録音されたばかりの魅力的な演奏のモーツァルトのソナタ集(グラモフォンUCCG-45064)における、ガット弦を使用した彼女のヴァイオリンと、カシオーリのフォルテピアノとの協演を聴き、これは中ホールもしくは小ホールで聴くべき音楽だなと思っていた。

 だが今回の演奏会は、サントリーホールの大ホールで開催された。案の定、私の聴いた正面2階席では、楽器の音量のバランスが甚だ悪く、落胆させられた。庄司のヴァイオリンはやや硬質な高音ゆえによく通るのだが、カシオーリのフォルテピアノ(ポール・マクナリティ製作、1805ワルター・モデル)の音量が極度に低くて、時には細部さえ明晰さを欠く、という状態だったのである。

 こういう場合、誰が妥協すべきか? 大きな会場だから、後方にも声が届くように大きな声で喋ろう、などという妥協は、演奏家は一切しないものだ。といって、主催マネージャーは商策上、大きな会場でやることを望んで、後へは退かないだろう。となると結局、妥協は聴衆の側に要求されることになる。

 カシオーリは、このフォルテピアノを、時には最弱音で弾き、それが大会場の隅の聴衆に聞こえるか聞こえないかという問題など全く度外視して、おのれの音楽を主張した。「クロイツェル・ソナタ」では、鋭角的で強靭な庄司紗矢香の語り口にもかかわらず、彼は鍵盤のパートを殊更に柔らかく密やかに演奏し、音楽の前面に出ることを避け、鍵盤の出番になってもおずおずと語り、すぐに口を噤んでしまうかのようだった。

 それはそれで、彼のこの曲に対する一つの解釈なのだろう。だが、ヴァイオリンと鍵盤楽器が同等に発言し、丁々発止と応酬して緊迫感をつくり出すことが一切行われないようなベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」など、あり得るだろうか?

 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの「ファンタジア」にしても、ヴァイオリンと鍵盤楽器がもっと対等に対話を交わしてくれていたら、もっとこの曲の幻想的な素晴らしさが余すところなく再現されていただろうに。

コメント

CD拝聴

会場に行けなくなりましたので、急遽CDで拝聴しました。東京公演はサントリーホールの大ホールでしたか。東条先生のおっしゃる通り、この演奏は、もう少し小さなホールがいいですね。CD拝聴で残念です!次回は会場で拝聴したいです!

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