2024-03

2023・1・23(月)井上道義の「A Way from Surrender~降福からの道」

       サントリーホール  7時

 井上道義の「作品4」にあたるミュージカルオペラ。彼自身が指揮、脚本、作曲、演出、振付を担当。
 出演は新日本フィル、工藤和真(画家タロー)、大西宇宙(父親・正義)、小林沙羅(母親・みちこ)、宮地江奈(マミ、摩耶子)、鳥谷尚子(エミ、優子)、コロンえりか(フィリピン娘ピナ)他多数。コンサートマスターは崔文洙。

 セミステージ形式ともいえる上演形式。ただし2日前のトリフォニーホール上演では、オーケストラはピットに入り、ステージ後方には大スクリーンを吊って舞台効果を上げていた由。今日はホールの構造の関係から、全てステージ上での演奏と演技となっていた。

 井上自身による脚本は、喩えれば彼自身の「ファミリー・ツリー」とでも言うべき物語だろうか。太平洋戦争のさなかでの日系2世の正義(主人公タローの父)と日本人のみちこ(母)━━つまり道義自身の父母ということか━━の愛や、移住したフィリピンでの2人の苦難などが、そのストーリーの核となっている。それはまた、両親から戦争体験を受け継いだ井上道義の痛切な告白の物語、と言ってもいいだろうか。
 ただしそれをよくある戦争ドラマでなく、人種問題のドラマでもなく、少なくとも表向きはコミカルな動きと、賑やかな音楽で彩っているところが、いかにもまた彼らしいところだ。

 どこまでがノン・フィクションで、どこからがフィクションなのかは定かでないが、「絵描きは絵空事を書く」という言葉(こういう言葉の遊びは全篇に散りばめられている)とか、タローが描いた父母の肖像画に焦点が当たる部分で武満徹の「《他人の顔》のワルツ」が効果音として流れるとかの細かい伏線がいくつか挿入されているところを見ると、作者は随分ストーリーを練り上げているな、と思う。

 そしてまたそういう場面が、物語に込められた作者の葛藤をあからさまに伝えていて、観ている側でも不思議に心が騒ぐ心理に誘われてしまう。物語全体を覆っているように見える戦争体験━━もしくは戦後体験━━が極めて生々しく感じられたのは、私自身もその時代を体験しているためでもあろうか。

 ただそれゆえに、このミュージカルオペラの締め括りで、一同が舞台前面に一列に並んで合唱するという演出が、甚だ常套的で陳腐な手法のように感じられた。「もう少しミッキーならではの斬新なやり方もあったでしょうが?」と、ここに関してだけは言いたくなったのは事実である。

 音楽は概して耳当たりがいい。「花まつり」(これはフィリピンでなく南米だろう)や「黒田節」や、その他どこかで私たちが耳にしたことがある曲の断片が数多く変形されてコラージュアートのように織り込まれる個所が随所にあるが、この「引用」は、時には当時の世相の思い出のように感じられることもあって、私にはかなり愉しめた。
 そしてまた、彼の管弦楽法がかなり分厚いのには驚いたが、たとえば一つの場面から次の場面へと移行する個所で、薄紙を剥ぐように色合いが変わって行く音楽のつくり方がすこぶる見事だったのには感心した。

 歌手陣では、父・正義役の大西宇宙が安定した歌唱で全体を引っ張っていた。小林沙羅ももちろん良かったが、特に今回は彼女がバレエを鮮やかに披露するさまを初めて観ることができて、なるほどと驚いたり、感じ入ったり。主人公の画家タローの工藤和真は大熱演である。

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