2024-02

2023・1・24(火)尾高忠明指揮大阪フィルの東京公演

       サントリーホール  7時

 恒例の大阪フィルハーモニー交響楽団の東京公演。音楽監督・尾高忠明の指揮で、池辺普一郎の「交響曲第10番《次の時代のために》」と、ブルックナーの「交響曲第7番」を取り上げた。コンサートマスターは須山暢大。
 尾高忠明がシェフに就任して以来築き上げて来た大阪フィルの緻密で均衡豊かなアンサンブルが十全に発揮された演奏会だったと言えよう。

 特に池辺の交響曲では、弦のアンサンブルがとりわけ見事な出来を示し、しかも全管弦楽の音がすこぶる強大だったこともあって、この作品を素晴らしく豪壮なものとして再現させていたのである。
 このシンフォニーは私も初めて聴いたのだが、「次の時代のために」という題名に相応しく、曲想も活気に溢れている。ただその活気が、所謂ありふれた楽観主義のような明るいものではなく、むしろ不安、苛立たしさ、光明を求めてのあがき━━といったような雰囲気を感じさせていたのは、こちらの感覚の所為か? 全曲最後の和音ですら不思議な荒々しさと、解決されない疑問を表わすようなものだったのも印象的だ。

 ブルックナーの「7番」はハース版が使用されていたが、第2楽章の頂点の個所では、打楽器のうち、ティンパニだけは加えられていた。謂わばノーヴァク版との折衷版という感だが、このようにティンパニが轟然と鳴った方が、やはりクライマックス感が生きるというものだろう。

 第1楽章冒頭で主題が全管弦楽に拡がった瞬間の大阪フィルの清澄な音色には魅了されたが、全体はどちらかというと硬めの剛直な、しかも生々しい音色で展開されていた。この強大な音響は、大阪フィルがホームグラウンドとしている、あの広いフェスティバルホールを基に形成されたものか? そういえば、「大きな音」は、朝比奈時代からの大阪フィルの伝統だった。
 いずれにせよ、尾高らしい緻密で揺るぎない、厳然としたブルックナーがたっぷりと堪能できた演奏ではあった。

コメント

美しい音のブルックナー。
しかしその音は高音を強調していたため、第2バイオリン、ビオラの音が薄く聴こえた。
第1バイオリンと第2バイオリン、またはビオラとの掛合い、対比が上手く聴こえない。
第1バイオリンだけがよく聴こえる。
だから立体的に聴こえない。
主旋律では無くても、第1バイオリンが目立って聴こえる。

これはこちらがステージ裏、Pブロックに座っていたからか?
しかしこのPブロックは、前方席だと打楽器や金管が直接耳に入り弦楽器の音が消されてしまうが、後方席だと弦楽器の音は反響し意外と良く聴こえる。金管や打楽器の音もソフトに感じる。
従って座席の位置で第1バイオリンが目立って聴こえるとは思わない。

また尾高さんのあまり良くないところ、これは東京フィルとの公演で度々感じていることだが、音楽が盛り上がってきた所で、弦楽器群と金管群がズレて演奏してしまうところ。音楽が盛り上がり聴いている方も感情が盛り上がってきたところで、ズレる。
今回も最終楽章終盤で、あれっと思った。
東京フィルとの公演で記憶に残っているのはマーラーの2番、R.シュトラウスの英雄の生涯等。

大阪フィルは随分洗練された美しい響きになったが、もう少しゴリゴリした立体的なブルックナーを聴きたかった。

ブルックナー7番第2楽章の頂点をどうするか。指揮者はそれぞれ頭を悩ませているようで。
昨年7月の広上=日本フィルではティンパニをヘンテコな叩かせ方をしてましたし、12月のティーレマン=シュターツカペレ・ベルリンはなんとシンバルのみ!。いずれもなんとも中途半端で釈然としませんでした。
打楽器を入れるか入れないか。
入れないなら入れない。入れるなら思いっきりぶっ叩く。どっちかにしてもらいたいですな。
余談ですが、ブルックナー協会とやらは今でも新しい楽譜の校訂作業を続けているようで、それって必要なんですかね。
ブルックナーの版はハースとノヴァークだけでたくさんです。これ以上増やされたら混乱を招くばかり。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・衛星デジタル音楽放送
ミュージックバード(エフエム東京系) 121ch THE CLASSIC
「エターナル・クラシック」
(毎週日曜日 12:00~16:00放送)出演

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中