2023-12

2023・3・2(木)びわ湖ホール プロデュースオペラ
ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」初日

    滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 1時

 びわ湖ホールが芸術監督・沼尻竜典とともに進めて来たワーグナーのスタンダード・レパートリー10作(W10)の上演(年1作ずつ)が、ついに千秋楽を迎えた。

 このうち、直近の3作は感染症の影響でセミ・ステージ上演形式とはなったが、ひとりの指揮者がひとつの歌劇場で全10作をほぼ連続年で手がけて来たという例はわが国では初めてであり、それは偉業と言ってもよい。そしてこの「マイスタージンガー」は、沼尻が芸術監督としてこの劇場で最後に指揮するオペラ上演ともなった。

 今回の「マイスタージンガー」は、「ステージング」に粟國淳を迎えての舞台。
 オーケストラ(京都市交響楽団)はステージ上の正規の位置に並び、合唱(びわ湖ホール声楽アンサンブル)はその後方に階段状に並ぶ。ステージの背景に設置された巨大なスクリーンその他には、中世のニュルンベルクを連想させるさまざまな映像、空、月、あるいは楽譜の断片などが投映されて雰囲気を出す。ソロ歌手陣(後出)は全員がステージ前方に並び、合唱団とともにそれぞれ必要最小限の演技を加えつつ歌う。

 反響板の位置の所為か、1階席中央で聴いた印象では、オーケストラの音は少し散り気味で、第1幕前奏曲の冒頭などあまりに柔らかくフワリとした響きとなっていたのには驚かされたが、声楽とのバランスは音量的にも音色としても適正で、極めて聴きやすかったと言えよう。

 ソロ歌手陣は次の通り━━青山貴(ハンス・ザックス)、黒田博(ベックメッサー)、福井敬(ヴァルター)、妻屋秀和(ポーグナー)、清水徹太郎(ダフィト)、森谷真理(エファ)、八木寿子(マグダレーネ)、大西宇宙(コートナー)、村上公太(フォーゲルゲザング)、近藤圭(ナハティガル)、チャールズ・キム(ツォルン)、チン・ソンウォン(アイスリンガー)、高橋淳(モーザー)、友清崇(オルテル)、松森治(シュヴァルツ)、斉木健詞(フォルツ)、平野和(夜警)。

 これだけの顔ぶれが揃うと、壮観である。
 「びわ湖リング」のヴォータンで圧倒的な存在感を示していた青山貴がザックスに挑むのがまず注目の的だったが、この役にしては演技も歌唱も少々若い雰囲気ではあったものの、少なくとも歌唱の上では真摯な親方としての役割をよく果していたという印象である。
 一方、ベテランの黒田博は大学教授か大会社の部長みたいなメイクで、横暴ではあるけれど知的な、「イヤらしくない」ベックメッサーを歌い演じていた(この役柄表現は、ベックメッサーの性格にかなり幅広い解釈を与えるものとなろう)。

 同じく大ベテランの福井敬は、スター騎士ヴァルターをかなり荒っぽく歌い演じており、ちょっとユニークな解釈と言えただろう(あるいは本調子でなかったのかもしれない)。また森谷真理が、ワーグナー作品の女性役としては「あまり目立った働きをしない」エファを魅力的に歌い演じていたのが印象的だ。
 他に、若い大西宇宙と清水徹太郎が爽やかな歌唱と演技を示し、出番は少ないが平野和の凄んだ夜警も目立った。

 合唱も素晴らしかったが、マスクをせずに歌ってくれていればさぞや強力な合唱となったろう。
 そして沼尻は、これらの歌唱陣を見事にまとめ、京響(コンサートマスター・石田泰尚)をも刺激的な音に陥らずに響かせ、この「マイスタージンガー」をすこぶる美しい音楽作品として再現してくれた。

 1時開演で、30分の休憩2回を挟み、終演は7時予定━━と掲示されていたので、まさかそんな、と思ったが、案の定、6時35分には演奏が完結した。
 次の公演は5日(日)に同一キャストで行われる。

コメント

びわ湖ホールのオペラシリーズ

東条先生、いつも楽しみに拝見しています。
沼尻さんの偉業には心から敬服します。私は「指輪」以前のシリーズを全部みました。コロナ前でちゃんとした舞台でした。
実はワーグナーは音楽だけ聴いていると何か脂っこくて苦手だったのですが、さまよえるオランダ人やワルキューレを観て180度変わりました。こんな面白いものだったかと目から鱗の落ちた思いでした。
「指輪」以後は体調が優れず観られなくなったのが残念でなりません。
沼尻さんの前、若杉弘さんが芸術監督の時には、10回には届かなかったかも知れませんが、ヴェルディのうち、滅多に上演されない、日本初演や関西初演を含む歌劇のシリーズがあり、たしかこの時に結成されたのが「びわ湖ホールアンサンブル」だったと思います。
これも全部観ました。京都市交響楽団もこのとき以来ずっと出ていますが、どちらも素晴らしい成長を遂げました。
今後も新しい芸術監督の下、この水準を落とすことなく続いてほしいと思います。東条先生にも末永くお見守り下さい。

ダーヴィッドとポーグナーの歌うところは説明的な歌で退屈することが多いのですが、今回こんなに音楽的に面白い箇所だったのかと気が付かされた素晴らしい歌唱とオケでした。
ワルターは不調かもなんて生やさしいレベルではなく絶不調。一幕から聴いてて苦しくなってくるし、とどめは優勝の歌でけっこうな時間落っこちて歌なしになる大事故が発生しました。
でも総じて満足できる公演でした。

1幕:1時間24分、 2幕:1時間2分、 3幕:2時間。 
 私の席は4階でしたが、声楽とオケのバランスはよかったです。2幕末の喧嘩のフーガはここで聴くとトロンボーン群が明確に響き、沼尻の指揮もあってすっきり聴こえました。本格上演だと舞台上の雑音とかもきこえますからね。3幕”Wach auf”の合唱も迫力十分。
 今回一番感心したのは、3幕前奏曲のホルンのアンサンブルの箇所。絶品。普通、オペラハウスだと、3幕からホルン奏者変えるのそうですが、(ミュンヘンがそう)京響はどうだったのでしょう。
 4階右奥から福井と沼尻にブーする人がいましたが、大野指揮もそうですが、わからんでもない、もうちょっとメリハリほしいかな。
 幕間に「湖上の美人」ならぬ虹が部分的にかかって、神々も沼尻らの偉業完遂を祝福してました。
 ただ、温暖な東九州の田舎から来た筆者は、終演後の比叡おろしの寒気にはまいりました。

東条先生、いつも楽しく拝読させていただいております。
最上階席で鑑賞いたしましたが、京都交響楽団の重厚とはいえないものの、(予想外に)たっぷりとしたテンポの演奏に魅了されました。沼尻マエストロとの10年間のワーグナー演奏の集大成だったかと思います。
歌手では風貌も雰囲気も「オータニさん」そっくりの大西コトナーが、辛辣さと茶目っ気のある歌唱で主役陣の株を奪う抜群の存在感でした。ザックスを歌ったら謹厳実直な役作りの青山さんと異なり、この作品の喜劇的要素がもう少しきわだったかもしれません。
ただ、歌手との間合いがズレて、オケだけが先走って聞こえたり、会話劇としての丁々発止の一体感に欠ける部分もあった印象があります。
初日で初役の歌手も多く慎重運転もあったとは思いますが、オペラハウス同様にアイコンタクトの取れるオケ後方で歌わせる選択肢はなかったものでしょうか?事故防止にもなったのでは。。。

5日公演を拝聴しました。

バリトンは、テナーの輝きとバスの重厚さを併せ持つ、最も美しい男性の声だと聞いたことがあります。その言葉通り、本公演では、ベテランから若手まで素晴らしいバリトンの美声に酔いしれることができました。1幕では、実に自然な演技と朗々たる美声の大西宇宙さんが圧倒的な存在感を発揮。2幕以降、芸達者なベテラン、黒田博さんが素晴らしい歌唱を聴かせてくれました。青山貴さんは少し単調というか陰影に乏しい印象が皆無ではありませんでしたが、profoundな美声で最後まで健闘され、3幕では説得力のある歌唱を聴かせてくれました(思わぬ収穫は夜警の平野和さんで、今後注目したいと思います)。

福井敬さんは、最後まで熱唱だったと思うのですが、彼の全盛期の声を知る者としては、最近、声量、声の輝き・伸びという点でかなり変化がみられ、これまでの第一人者としての功績に最大の敬意を表しつつ、誠に僭越ながら、そろそろrepertoireを見直されるべきではないかとの印象です。森谷真理さんもちょっとミスマッチとの感じあり(見れば見るほど、中山美保さんに見えてきたのですが・・・超マニアックなボケでスイマセン)。

合唱はさすがびわ湖ホール声楽アンサンブル歴代のメンバーを引っ張り出しただけのことがあり、お見事でした。しかし、合唱団だけがマスク着用という意味はあるのでしょうか。最近は、首都圏ではプロの合唱団はマスクを外すケースが多いように思うのですが。

沼尻竜典さん指揮京響は透明感のある響きなるも、やや軽量級で重厚さに欠けるとの印象あり。さはさりながら、全体として沼尻芸術監督の最後のオペラに相応しい好演となりました。これまでのご尽力に深甚なる敬意と感謝を表し、阪哲朗次期芸術監督のご活躍を期待しております。

ここは東条先生のブログです

ご自分の公演評はご自分のブログに書かれたらどうかと思います。

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