2024-03

2023・3・10(金)大井剛史指揮名古屋フィル アーノルドの「5番」

      愛知県芸術劇場コンサートホール  6時45分

 ジェニファー・ヒグドンの「ブルー・カテドラル」、シューマンの「序奏と協奏的アレグロ」、酒井健治の「ピアノ協奏曲《キューブ》」(委嘱新作の世界初演)、マルコム・アーノルドの「交響曲第5番」━━という、東京のプロ・オーケストラがとてもやらないような「とてつもない」(?)プログラムに釣られて、とんぼ返りで聴きに行ってみた。
 ゲスト・ソリストはフィリッポ・ゴリーニという、初来日の27歳のピアニスト。コンサートマスターは植村太郎。

 大井剛史(現・東京佼成ウィンドオーケストラ正指揮者)の指揮は、これまでにも大阪フィルとの信時潔の「海道東征」(☞2016年10月3日)や、群響とのマーラーの「6番」(☞2021年3月20日)でも聴いたことがあり、その誇張も外連もない率直な指揮の裡に、オーケストラを自然に美しく響かせ、真摯な音楽を聴かせてくれたことが強く印象に残っている。今日も同様、名古屋フィルの美しい音色の演奏が際立った。
 因みに今回のプログラミングには、事務局から聞いたところによれば、大井自身の選曲で、ちょうどこの時期ということで「追悼」のコンセプトが織り込まれているとのこと。

 ヒグドン(1962年ニューヨーク生まれ)の「ブルー・カテドラル」は、作曲者自身の夭折した弟への祈りが込められた曲で、前半はオネゲルの「夏の牧歌」を大がかりにしたような田園的な曲想が美しく、後半は敬虔な祈りの高まりになる。すこぶる耳あたりの良い作品だ。

 次の「序奏と協奏的アレグロ」は、当初はガジェヴがショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」を演奏する予定だったのが変更になったもの。
 フィリッポ・ゴリーニという初来日のこの若いピアニストを、私は初めて聴いたが、この若さに似合わず、たっぷりとした豊かな音で、スケールの大きな音楽を弾き出す人であるのには驚いた。カンタービレも際立っていて、例の「赤とんぼ」そっくりの主題の美しさを存分に楽しませてもらった、という次第である。
 なおマネージャーは、その山田耕筰の「赤とんぼ」を、わざわざゴリーニに聴かせてやったというから、ケッサクである(彼、なるほどと感心したそうな)。

 続く酒井健治の「ピアノ協奏曲《キューブ》」は、いわば「改訂版初演」であろう。この作品の活気とエネルギーは、すこぶる新鮮に感じられる。
 ゴリーニは代役として弾いたことになるが、譜面を見ながらよく弾いたと思う。作曲者はどう思ったか知らないけれども、少なくとも私には彼の演奏とこの作品の双方を愉しめた。

 このゴリーニという若者、大いなる収穫ではないかという気がする。休憩時間に客席で紹介され、彼がALPHA-CLASSICSに録音したベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」と、バッハの「フーガの技法」のCDをもらった。帰京してから早速前者を聴いたけれども、その活力の旺盛さと、若さを迸らせたような勢いに富んだ演奏には心を打たれた。

 最後は、お目当てだった肝心のアーノルドの「第5交響曲」だ。が、この曲、いいところもあるのは事実ながら、ナマで聴いてみたらむしろ些か辟易させられた、というのが正直なところである。4つの楽章に、ホフヌング(例のホフヌング音楽祭をやった人)、デリック・サーストン、デイヴィッド・パルテンギ、デニス・ブレインといった早世した人々へのイメージが織り込まれているということだが、そうですか、というところであろう。
 第4楽章の行進曲のさなかに、昔コロムビアの10吋LPで繰り返し聴いた、あの「戦場にかける橋」のサントラの音楽のマルコム・アーノルド節がチラリと姿を見せていた。

 8時45分頃終演。9時半頃の「のぞみ」で帰京。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中