2024-03

2023・3・17(金)飯守泰次郎指揮仙台フィルハーモニー管弦楽団

     日立システムズホール仙台・コンサートホール  7時

 この3月で仙台フィル常任指揮者としての任期を完了する飯守泰次郎━━その彼の最終定期を聴きに行く。
 18日との2日間にわたり、極め付きのワーグナーとブルックナーがプログラムに組まれている。「トリスタンとイゾルデ」からの「前奏曲と愛の死」と、「交響曲第7番」(ノーヴァク版)である。コンサートマスターは神谷未穂。

 会場は最初から何か異様な熱気に包まれていたが、これに応えるように、「前奏曲と愛の死」は、強い緊張感を以って演奏されて行った。
 私がナマで聴いた演奏の中で、これほど「前奏曲」と「愛の死」のそれぞれが巨大な「弧」を描くような姿で立ち現れたのを聴いたことがない。それは揺るぎなく強靱な力に満ち、しかも官能的な感覚にも事欠かない演奏だった。円熟の飯守泰次郎がついに到達したワーグナーの世界は、かくも凄いものだったのかと、改めて感動した次第である。
 仙台フィルも、ちょっと荒っぽい演奏ではあったものの、厚みのある弦楽器群を中心に、飯守のこの指揮に完璧に応えていただろう。

 次のブルックナーの「第7交響曲」も、飯守のこの強靱極まる気迫が充分に表された演奏ではあったが━━ただし今日の仙台フィルは、いつもに似合わず(と言っても私は年に1回か2回くらいしか聴きに来られないのだけれども)不思議に荒っぽい。特に「7番」ではそれが著しかった。
 もともとマエストロ飯守は、縦の線がどうとかこうとかをやかましく言う人ではなく、それよりももっと大切な音楽の情感そのものを優先する指揮者なのだが、それゆえにこそ、オーケストラ自らがアンサンブルを完璧につくって行かなくてはならないだろう。

 しかしそれを別にしても、今日は金管楽器群の一部とティンパニが、いかにも粗かったのが残念である。特にティンパニの、「トリスタン」の音楽の精緻な官能美を打ち壊してしまうほどの狂暴な叩き方には唖然とさせられた。私がこれまで聴いて来た仙台フィルは、こんな演奏をしていなかったのに━━。
 翌日(18日)の公演の時には、これらは改善されているよう祈りたい。

 だが、今日の「7番」の中で、第2楽章最後のホルンとワーグナー・テューバによる挽歌が見事に「決まっていた」ことは讃えたい。それに弦楽器群のしなやかな歌も魅力的であった。

 演奏前のプレトークで、事務局から「今日からはブラヴォーも解禁です」と告げられ、客席からも拍手が起こったが、ブルックナーのあとで、私のうしろにいる人がマスクなしでブラヴォーを喚いていたのには少々驚いた。この人は、「愛の死」が終ったあとに大きな感動の吐息を漏らしていた人でもある。
 一方、終演後の「分散退場」は相変わらず行われており、楽員のだれかが聴衆とオケに「分散退場」を指示し、その間楽員が手を振って聴衆を送り出す、という仙台フィル独特の温かい光景もまだ続いている。今日は神谷さんが読み始めた「まず何列目から何列目のお客さまから」という案内が、このホールの客席表示(ABC順)とは全く違うものになっていて、聴衆がポカンとし、私のうしろのブラヴォー氏など「どういうこと?」と呟いていたのが可笑しかったが、神谷さんも途中で気がついて「変ですね、なにこれ?」と自分で呆れるという爆笑の光景。しかしこれ、どうも仕組まれた演出ではなかったのかと後で思ったのだが如何? とにかく仙台フィルには、このような聴衆との温かい交流があるのだ。

 寒いだろうと思い、厚手のコートを用意して行ったのだが、幸いであった。予想以上に寒い。

コメント

トリスタンとブル7第2楽章までは出色の出来でしたが、第3楽章から突然「縦の線」が大きく乱れて終わりまで持ち直せなかったのは、残念ながら今の仙台フィルの実力。飯守さん退任でブルックナーがまた聴けなくなるのは残念ですが、高関さんの指導で再構築してほしい。それにしても、仙台フィルはこれまで殆どブルックナーを演奏してこなかったので、集中力の切れた聴衆が散見されたのは残念。螺旋階段をうねりながら昇っていく、ノヴァーク版のシンバルの頂点までの道程が、単なる反復のように聞こえるのでしょうね。まあ、いわゆる「名曲」とフランス・ロシアものに偏ったこれまでのプログラミングが悪いのですが。

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