2024-02

2023・4・25(火)METライブビューイング「ローエングリン」

       東劇  5時30分

 3月18日にメトロポリタン・オペラで上演されたワーグナーの「ローエングリン」。
 フランソワ・ジラール演出による新プロダクションで、指揮はヤニック・ネゼ=セガン、主役歌手陣はピョートル・ベチャワ(ローエングリン)、タマラ・ウィルソン(エルザ)、クリスティーン・ガーキー(オルトルート)、エフゲニー・ニキーチン(フリードリヒ・フォン・テルラムント)、ギュンター・グロイスベック(ハインリヒ国王)。

 注目していたジラールの演出だが、前奏曲のクライマックスで、背景に輝いていた惑星が大爆発するというシーンがあり、それがのちの物語に何か大きな影響を及ぼすのかと思ったが、そうでもないようだった。また、最初はローエングリンが宇宙のどこからか出現したようなイメージがなくもなかったが、これもまたはっきりしない。

 大詰め場面では、ゴットフリート(エルザの弟)が出現したあとも、ローエングリンは背景の高所に佇んだままで、「宇宙の彼方」に去って行くわけでもなく、前景にいるオルトルートの反応なども、群衆の雑然たる光景の中に埋もれ気味になってしまう。合唱は概してステージに直立したままで歌うが、これも昔ヴィーラント・ワーグナーがやった手法と同じだろう。
 どうもこのジラール演出のワーグナー、第1弾の「パルジファル」(☞2013年2月15日)は良かったものの、その後の「さまよえるオランダ人」といい、今回のこれといい、何か冴えない印象を残す。

 ただ、彼の舞台は映像に絡めた構築を特徴とするので、実際にナマで視ないとその良さが感じられないかもしれない。私の体験でも、「パルジファル」は、METの劇場で観たものと、ライブビューイングの映像で観たものとは、かなり印象が異なったからである。

 満足すべき出来だったのは音楽面だ。第一にネゼ=セガンの指揮。ワーグナーが巧みに構成した「場面に応じた音楽の起伏」を実に見事に再現し、特にその後期の作風を予告する第2幕では、至るところに出て来る「禁問の動機」を多彩に表情豊かに響かせ、ドラマの核心をオーケストラで明確に表現してみせた。この人、本当に成長したものだと思う。

 歌手陣では、何といっても強烈な個性を示していたのがオルトルート役のクリスティーン・ガーキーだ。今回は悪女のメイクで、第2幕の幕切れシーンでのエルザを呪う表情など、なかなか物凄いものがあったし、ドラマティックな歌唱でも群を抜いていた(5月の「エレクトラ」が楽しみである)。

 ベチャワも明朗なローエングリンを聴かせたが、容貌と服装(ワイシャツ)の所為もあってか、あまり「別世界から来た謎の男」というイメージを感じさせないのが良し悪しか。
 エルザ役のウィルソンは、声は美しい。テルラムントのニキーチンはかなり貫録を増したが、悪妻に唆されて身を誤る男の苦悩の表現は今一つ。

 第2幕後半での、王の伝令に鼓舞される男声合唱はノーカットで歌われたが、第3幕のローエングリンの「遥かな国」のあとの長いアンサンブルは、慣例に従ったのかカットされていた。ノーカット主義のMETとしては珍しいことである。

 終映は10時30分。

コメント

容姿のことを仰るなら、、、

自分も月曜日に東劇にて観劇致しました。
演出面についてはそんなに違和感を感じませんでしたが(そもそも作曲家が書いた台本自体が荒唐無稽ですし)、音楽面については東条先生と全く同意で、指揮者のライトモティーフの浮かび上がらせ方など各場面の描き方が上手く唸らされました。ガーキーの歌唱と演技も強烈でしたね。自分も来月のノット東響のエレクトラ楽しみです。さて、タイトルロールの容姿について言及されてますが、自分的にはエルザとオルトルートの体型の方がどうにかならんかなと思いました。あれだけ肥えてると健康にも良くなさそうですし、昨年のノット東響のサロメ役のグリゴリアンのようにあれだけ痩せてても美しく強靭な声が出せる訳ですし。
あ、でもこんなこと言ったら近年の反ルッキズムとかポリコレにうるさい方々に怒られちゃいますかね、、、

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