2024-03

2023・7・20(木)アラン・ギルバート指揮東京都交響楽団

      東京文化会館大ホール  7時

 ウェーベルンの「夏風の中で」、モーツァルトの「ホルン協奏曲第4番」、R・シュトラウスの「アルプス交響曲」というプログラム。
 「ホルン協奏曲」のソロを吹いた名手シュテファン・ドールが、そのまま「アルプス交響曲」でオーケストラに参加して1番パートを吹く、という豪華なオマケがついていた。コンサートマスターは矢部達哉。

 アラン・タケシ・ギルバートと、東京都交響楽団との相性は、すこぶる良いように見える。2011年の客演の際に指揮したブラームスの「第1交響曲」を聴いて、その素晴らしさに、「いまのうちに首席客演指揮者に迎えておいた方がいいんじゃないか」なとど書いたことがある(☞2011年7月17日の項)が、2018年4月には本当にそうなってしまったのは祝着の極みであった。
 彼自身も10年前から更に大きく飛躍している。それは先週のニールセンの「5番」でも明らかだろう。

 彼と都響の演奏が大好評とあって、「今日は急遽長野から聴きに来ました」という知人に上野駅前で出会ったほどである。客席は満杯で、しかもふだんより若い人たちが多かったように思われた。とにかく、結構なことだ。

 「アルプス交響曲」は、まさに都響も渾身の力を籠めた演奏であったろう。その壮烈な鳴りっぷりたるや、何年か前にハーディングがこの曲を指揮した時のサイトウ・キネン・オーケストラのそれを凌ぐほどの勢いだったが、とりわけトランペットがあのように鋭く咆哮した演奏(日の出の場面および頂上の場面)は、わが国のオーケストラではあまり聴けない類のもので、奏者たちも多分気持がよかったろうし、われわれ聴き手としてもすこぶる痛快ではあった。

 こういったダイナミズム満載の「アルプス交響曲」だったが、しかし頂上であまり「歓呼」し過ぎた所為なのか、次のクライマックスたる「嵐」の場面が━━怒号と咆哮は充分ながらも、期待したほどの凄味に至らなかったのは、登山者が頂上を極めて力を出し切ってしまったか? 
 ただ、オーケストラの「鳴り」が、「頂上場面」などに比べると、何故かあまり客席に飛んで来ないように感じられたのは━━実際はどうか判らないけれども、もしかしたらホールの湿度が上昇した所為とか? 曲が後半に入った頃、客席は何となく蒸し暑く、空気がべたべたしていたような気もしたのだが・・・・。
 いずれにしても今日の「アルプス交響曲」、私としては、もっとよく響くホールで聴きたかったというのが本音だ。

 「ホルン協奏曲」でのシュテファン・ドールのソロはもちろん風格豊かで(ちょっと慎重な演奏だったか?)、モーツァルトの音楽の闊達さと美しさを味わわせてくれるには充分だったけれども、その彼が「アルプス交響曲」でホルンの1番の席に堂々と座っていたさまは、まさに「絵になる」光景だった。彼のような名手がゲストとして入っているだけで、オーケストラの雰囲気が変わるということもあり得るだろう。

 しかし、何はともあれ、アランと都響の共同作業が今回の一連の演奏でも大成功を収めていたのは、紛れもない事実である。今年の都響の「第9」は彼が振るというから、聴きに行ってみようか。

コメント

東京文化会館

東京文化会館は幾度もの改修を経て、とても良く響くようになったと思いますよ。勿論指揮者の手腕によるとは思いますが。
オペラ、バレエでのピットで演奏する時も、まろやかで柔らかく豊かに響いていると思います。
(因みに最近では二期会公演、川瀬〜新日本フィル『フィガロの結婚』では残念な響きでした。)

好みによると思いますが、1階席より、4階、5階といった上階席の方が、音が飛んで来ますね。
満席になればなるほど、1階席は乾いて痩せた音になると思います。
残響時間は短いですが、東京芸術劇場、すみだトリフォニーよりまとまりのある響きに感じ、ずっと好きです。

この東京文化会館公演ではアルプス交響曲の開始直後、水筒と思われる物を落として、カランコロンと盛大な音を立てていたのにはびっくりしました。

先日のゲルシュタインとのラフマニノフの演奏より、オーケストラの音はとても良く響き、充実したR.シュトラウスでした。

同感です♪あれで見かけが何とかなればもっと良いのですが^_^第九はがいました^_^

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