2024-03

2023・7・21(金)シルヴァン・カンブルラン指揮ハンブルク交響楽団

      東京芸術劇場 コンサートホール  7時

 ハンブルク交響楽団は、1957年創立のオーケストラ。あのNDRエルプ・フィル(北ドイツ放送響)や、ハンブルク・フィル(ハンブルク国立歌劇場管)とは別の楽団だ。首席指揮者は、前任のジェフリー・テイトのあとを受けて、2018年秋のシーズンからシルヴァン・カンブルランがそのポストに在る。

 今日のプログラムは、ベートーヴェンの「エグモント」序曲、サン=サーンスの「チェロ協奏曲第1番」(ソリストは宮田大)、チャイコフスキーの「交響曲第4番」。

 ハンブルクから来たオーケストラなら、チャイコフスキーの「4番」よりももっと何か他にいい曲(つまり、彼らの本領を発揮するような曲)がありそうなものだと思ったが、まあ、聴いてみると、カンブルランの解釈も含め、それなりにユニークな個性が出ていて、好みは別として、興味深かったのは事実だった。
 端的に言えば、弦楽器群の分厚い響きを主体にし、金管群を極度に抑えたオーケストラのバランスが、不思議なチャイコフスキーの「4番」を描き出していた、ということだろう。

 1階席後方で聴いたせいかもしれないが、特に第1楽章では、あの「運命」の動機━━作曲者に言わせれば「ダモクレスの剣」の動機が、オーケストラの遥か後方から微かに響いて来るといったバランスで、そのためこの曲の演奏に付き物の劈くような金管の咆哮がほとんど聞こえないという演奏になっていた。第4楽章でも所謂躁的な騒々しさは薄れていて、全体にむしろ落ち着きのある「4番」という印象を得たのだった。

 こういう演奏スタイルそのものは、必ずしも納得できるものではないけれども、先日ある来日指揮者が日本のオケを指揮して、恐るべき「4番」を演奏し、昔は好きだったこの曲のイメージを粉々にしてくれたのに辟易させられたあとでは、何かしらほっとさせられたような気がしたのも事実である。

 だが、今日のカンブルランとハンブルク響の演奏が、すべてこのような柔らかい豊麗なものだったわけではない。
 「エグモント」序曲では、弦は猛烈にガリガリとした音で弾かれ、トランペットはかなり刺激的に叫んで、恐ろしく尖ったベートーヴェンになっていたのだった。
 そして一転してサン=サーンスの協奏曲は、艶やかではあるけれども丸みを帯びた、ヴェールのかかったような音色で演奏された。ソリストの宮田大が全く同じような、まろやかな音色でそれに呼応していたのも印象的だった。

 このように、3曲をそれぞれ全く異なった音で演奏し分けたあたり、カンブルランのセンスもただものではない。だが結局のところ、今日の3曲の演奏の中では、このサン=サーンスが最もバランス感覚のいい(?)ものだったかもしれなかった。
 なお、宮田大のソロ・アンコールはサン=サーンスの「白鳥」の無伴奏版(このように遅いテンポで弾かれると、まるで聖歌のように聞こえる!)、オケのアンコールはドヴォルジャークの「スラヴ舞曲 作品72の2」だった。

 というわけで、このハンブルク交響楽団の来日演奏会、もちろん、悪いものではなかったけれど、でもやはりこのハンブルクの地味なオーケストラが、同地が生んだ大作曲家ブラームスの交響曲をどんな風に演奏するかを聴きたかったな、とも思う。

コメント

芸劇の音響

私が聞いたコンサートの印象が先生の評と重なることが多く、いつも共感しつつ読ませていただいております。オペラなどは先生の評を読んで行くことを決めたり、先日のオノフリ・ハイドンフィルも先生のおかげで衝撃的な演奏に出会うことができて、感謝しております。
さて、こちらのハンブルク響のコンサート、特にチャイコフスキーの4番に関しましては、かなり違った印象を持ちましたので、投稿させていただくことにしました。
先生も「1階席後方で聴いたせいかもしれないが」とお書きになってらっしゃいますが、このホールは席によってかなり聞こえ方が異なるホールだと認識しております。反射音が多いので、席によっては直接音が反射音にマスクされてしまったり、また左右からの反射音が微妙にずれている席では、聞いているうちに気分が悪くなってきたりしますので、私は極力舞台に近くて直接音が優位な席で聞いております。
その席から聞きますと、このチャイコフスキーの演奏は、場面場面ごとに音色や語り口を微細に変化させながらの、かなり作り込んだ演奏に聞こえました。確かにトランペットとトロンボーンの音はあまり突出していませんでしたが、ホルンの迫力と押し出しはすばらしく、1楽章冒頭の運命の動機もたいへんな迫力で聞こえました。長大な1楽章は感情に走りすぎず、確かに「落ち着き」を感じさせる演奏でしたが、音色や語り口の変化によって、一瞬一瞬の音に身を浸しているのが嬉しくなる演奏で、2楽章も特に終結部の美しさは特筆すべきものであったと思います。3楽章の一筆書きのようなピツィカートも見事でした。
終楽章は弦の献身的な没入がすばらしく、この曲はこれまでもう何回聞いてきたか分かりませんが、特に第1ヴァイオリンの全身全霊の打ち込みは、学生オケもしのぐような本気さが伝わってきて、びっくりするとともに心動かされました。カンブルランの指揮にはこれまでクールな印象を持っていましたが、今回の演奏はちょっと田舎っぽいオケの特質とも相乗しているのか、最終楽章の指揮は非常に熱いもので、ここは「落ち着き」をかなぐり捨てた、沸騰するようなエネルギーに満ちていたと思います。
編成が14型ということで、芸劇の巨大空間にはちょっと小さかったのかとも思いますが、同じ席で聞く日本のオケの16型に負けない音は鳴っていたように思われますので、やはりこのホールは聴く席によってかなり印象が異なるホールなのだということを、再度痛感いたしました。
私も聞く前は「なんでこのオケがチャイコフスキーなの?」と思っていましたが、これは非常にすばらしい演奏であったと思います。
そして、やはりブラームスも聴きたくなりました!

川口総合文化センター リリア メインホールで拝聴。
州立歌劇場管弦楽団(ハンブルク・フィル)、放送局所属のエルプ・フィルとは全く性格の異なるオケ。
凄く伸び伸びと演奏している。
特にチェロの首席とその隣の次席奏者は身体全体を大きく揺さぶり、ロックか!と思わせるくらいノリノリ。ただその後ろで演奏するアジア系の奏者(アカデミー生か?)こじんまりとして、生真面目な演奏と比較すると、何てつまらなそうに弾いているのか、と感じるのには苦笑。
前半はマルティン・ガルシア・ガルシアを迎えてショパンの2番。先日のソンジンとは全く異なるアプローチ。ガルシアはとてもシンフォニック、リズミックに颯爽と弾く。明るく楽しいショパン。
ショパン・コンクール時のブーニン、李のように弾んで、楽しそうに弾くショパンが思い浮かぶ。
アンコールは3曲!も。オケのメンバーはステージに残ったまま。
「3曲はやり過ぎね。」と休憩時間中ロビーの会話が耳に入る。3曲目が終わる途端、席を立つ客が目立った。皆トイレに駆け込む。
後半はベートーヴェンの7番。
オーケストラはショパンの時と同様に、おおらか、伸び伸びと演奏。管楽器は音を外しても、裏返っても気にすることなく演奏を続けていく。明るい、爽やかな気分にこちらもなる。
ドイツの地方色の濃いオーケストラだと思う。
カンブルランの下、懸命についていくのが判るくらい聴いていて清々しい。北ドイツという暗い印象を感じせず、先にも述べた通り歌劇場や放送局所属のオケと全く性格の異なる演奏に、とても新鮮さを感じた。

このホールは所謂多目的ホールではあるが、低音から高音までハッキリと聴けるの良かった。勿論カンブルランの導きが有ってのことだろうが十分な響きが聴けた。
ステージをかなり迫り出しているため、ステージと客席との距離はとても近く2階席だと前に座る客が前屈みや中腰になられると、後ろに座る客は視界を妨げられる。3階席になると着席するとステージは大きく見切れ、身を乗り出さないとステージは見られない。
主催公演の場合は注釈が付いている。

京都で拝聴しました!

7月17日、京都コンサートホールで拝聴しました。プログラムは、ベートーヴェンの「エグモント」序曲、ショパンのピアノ協奏曲第2番、ベートーヴェンの交響曲第7番。私もブラームスを拝聴したかったのですが、今回の来日プログラムにはなくて、残念でした。それでも、ベートーヴェンの第7番は、圧巻でした。マエストロ カンブルランとハンブルク響、相性が良いなあって感じました。ショパンのソリスト、マルティン.ガルシア.ガルシアさんの情熱的なショパンも素晴らしい。私、ハンブルク響は、2度目ですが、今回の方が、生き生きとした演奏だったように思います。拝聴できて良かったです。終演後、オケバスをお見送りしました。皆様の笑顔が印象的でした。Bravi!

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