2024-03

2023・9・17(日)びわ湖ホール開館25周年記念オペラ ガラ・コンサート

       滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール  2時

 今春に第3代芸術監督に就任した阪哲朗のもとでのオペラ・シーズン始動。来年3月までの最初のシーズンに、彼は「フィガロの結婚」「こうもり」「ばらの騎士」(いずれも舞台上演)を指揮することになっている。

 今日はまず彼の指揮による「ガラ・コンサート」だ。
 ワーグナーの「タンホイザー」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、ヴェルディの「椿姫」「リゴレット」「運命の力」「ドン・カルロ」、J・シュトラウスⅡの「こうもり」、コルンゴルトの「死の都」、モーツァルトの「フィガロの結婚」、R・シュトラウスの「ばらの騎士」からのアリアや重唱、合唱、組曲抜粋などが演奏された。

 出演は、青山貴(ジェルモン、ザックス、フリッツ、ファーニナル)、宮里直樹(マントヴァ公爵、ドン・カルロ、テノール歌手)、船越亜弥(レオノーラ)、市川敏雄(ロドリーゴ、「死の都」のフランク)、藤木大地(オルロフスキー公爵、ケルビーノ、オクタヴィアン)、石橋栄実(マリエッタ、スザンナ、ゾフィー)、山本康寛(パウル)、澤畑恵美(アルマヴィーヴァ伯爵夫人、元帥夫人)。京都市交響楽団、びわ湖ホール声楽アンサンブル。

 歌手陣がみんな腕に縒りをかけて(?)歌唱を競っていたのは言うまでもない。それだけでも聴き応え充分だったが、ここでは阪哲朗の指揮の巧さを挙げておきたい。
 「こうもり」や「ばらの騎士」で、京都市響から引き出した柔らかい官能的な和声の美しさ、「運命の力」の「神よ平和を与えたまえ」で木管の和声に滲ませた不安に満ちた音色など、さすがドイツの歌劇場で長年にわたり仕事を続けて来た彼ならではのものがあり、びわ湖ホールの新しいオペラ路線に大きな期待を抱かせる。
 さしあたり来年3月の「ばらの騎士」(2日、3日)は、なかなか日本では発揮される機会のなかった阪哲朗の真価が今度こそ示される公演になるだろうと思う。

 なお、「ばらの騎士」の終り近く、ゾフィーとオクタヴィアンとが簡単に結びつくさまを見た彼女の父親ファーニナルが「若い人はこういうものなのかね」と嘆息し、若いオクタヴィアンへの想いを断ち切った元帥夫人が「ja,ja」と寂しく呟く感動的な場面がある。今日はステージの構成・演出を中村敬一が担当していたが、その場面でファーニナルがその言葉を娘に向かって言う設定にしていたのは、前後のストーリーの流れから考えると、これはやはり不自然なのではなかろうか。彼は来年の「ばらの騎士」の演出家でもあるが━━。

 ガラ・コンサートは、ソロ歌手全員と合唱団が歌うウィンナ・オペレッタ「こうもり」からの「シャンパンの歌」で華やかに締められた。イタリア・オペラ「椿姫」の「乾杯の歌」でなかったところが阪哲朗らしくて、いい。

コメント

後半藤木大地が大活躍でしたね。ケルビーノ、オルロフスキーは得意な役柄と思いますが、オクターヴィアンまでやるとは驚きました。

 中村氏は、度々、歌唱を伴ったオペラ講座を大阪音大の主催で開いておられ、小生も、ばらの騎士の回ではないが、いくつかの講座にうかがったことがある。
 様々な視点からの解説は、素晴らしく、今回の東条氏のご懸念の部分も、中村氏の深い、ご高察によるものと推察したい。
 それよりも心配は、声楽アンサンブルや卒団者の一部の面々が、コロナの最中もツーショット写真の老人と写真を撮っていたことである。特に、びわ湖は、かなり厳しく来場者に分散退場を科し、行く手を係員が阻むこともあった、と聴いているが、本当であろうか。いずれにせよ、あの当時の規範を考えても、一方で、こうした不遜な人物を野放図にしていたのでは、県民や来場者を裏切ることにもなり、その支持を願う資格がないといわれも仕方ないと考える。
 各方面からの、ご指導、検討を願いたい所であるし、また、他のホール、音楽団体や演奏家も、コロナが一息ついた今、こうしたことがないか、再確認すべきであろう。

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