2024-03

2023・9・21(木)ミハイル・プレトニョフ
ラフマニノフのピアノ協奏曲全曲演奏会 第2夜 

     東京オペラシティ コンサートホール 7時

 第2夜は、ピアノ協奏曲の「第3番」と「第4番」、それに「パガニーニの主題による狂詩曲」まで加えるという豪華なプログラム。休憩は「第3番」のあとに1回おかれただけ。協演は高関健が指揮する東京フィルハーモニー交響楽団。

 プレトニョフの弾く「3番」と言えば、もうかなり前のことになるが、彼が全曲冒頭の第1主題を、スコアの指定通りのスラー付きの弱音でありながら、静かに叩きつけるような音で弾きはじめた時に受けた強烈な印象が今でも忘れられない。
 特に最初のニ音が、弱音のまま、非常に鋭いアクセントを伴って響きはじめた瞬間の衝撃たるや、並みのものではなかった。プレトニョフの満々たる強靭な意志力が、この弱音の第1主題全体に漲っていたのが感じられたのである。そして、この「3番」全体がなにか巨大なものが沸騰するような、恐るべき力で満たされていたのだった。

 だからといって、今回、それと全く同じ演奏を期待していたわけではないけれども━━しかし、今日の演奏は、その燃焼度がどうも違い過ぎる。
 第1主題は、昔と同じように粒立った弾き方ではあったものの、なにか乾いた、素っ気ない音楽となってしまっていて、結局は全曲を通じてその印象が拭い切れないままになった。当時の彼が使用していたピアノと、近年使用しているピアノとの音色の違いもあろうかとは思うが、どうもそれだけではないような気がする。

 第3楽章のエンディングにさえ、オーケストラを含めて自然な昂揚感はあまり感じられず、不思議なほど散漫な終結となってしまっていた。オーケストラも音が薄くて粗っぽいところがあり、ソリストとの呼吸もなにかあまり一致していなかったのは、リハーサル不足だったのか?
 「3番」が終ったあとの休憩時間にロビーで顔を合わせた同業者に「何だか面白くないなあ」と愚痴をこぼしたら、彼も首をひねって「なんかおかしいよね。初日(1番、2番)は凄かったんだけどなあ」と呟いていた。

 「第4番」は、曲が曲だから、「3番」の出来をカバーするほどの演奏にはなり得ないだろう。ただ、救われたのは、最後の「ラプソディ」における演奏だったろうか。ここではプレトニョフにもオーケストラにも、寛いだ表情が聴かれた。例の有名な第18変奏の個所で、プレトニョフが突然「ここだけでも思い出に浸ろう」とでも言うかのように、たっぷりとしたカンタービレを聴かせていたのは意外であった。

コメント

9/16日ロシアのスーパーピアニスト.プレトニョフ「ショパンを弾く」聞いてきました。満席、今回で3度目以前はシューベルトらを聞いた。兵庫芸文大ホール 14.00
登場してピアノに向かうが以前と同様ゆっくりとした足取り。
演奏もそのように続く。1部は名作ぞろい、幻想曲、舟歌
幻想ポロネーズ、座ったままで。その合間に拍手が入る。高揚感が希少、ピアノの音はうるんだ音でppはさすがに綺麗だ。カワイのピアノ使用。

2部はノクターン6曲、9-2以外は渋い曲を選び同じような足取りの演奏が続き少々退屈。最後の軍隊ポロネーズも見事な音だが盛り上がらない。(意図的だろうが...)そしてアンコール。グリンカ「ひばり」モシュコフスキー「エチュード」ここにきてプレトニョフの真価発揮、流麗で繊細なピアニズム、ホロビッツのごとくに。ここでやっと盛大な拍手。ブラボーも、指揮もそうであるが不思議なピアニストだ。

8日前の1日目の後に、各地巡業して、3箇所ソロリサイタルしてきたから、お疲れだったのかも知れません。

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