2024-03

2023・9・23(土)ロレンツォ・ヴィオッティ指揮東京交響楽団
~2つの「英雄」~

      サントリーホール  6時

 前半にベートーヴェンの「英雄交響曲」、後半にR・シュトラウスの「英雄の生涯」。
 戦艦が2隻揃ってやって来たような重量感たっぷりのプログラムだが、ヴィオッティの速めのテンポが小気味よい迫力を生み出していて、これは大いに楽しめた。単なるタイトルの語呂合わせではなく、同じ変ホ長調で描き出されたとも言える「英雄」として、意味のある組み合わせの選曲と言えるだろう。

 ヴィオッティの指揮する今日のベートーヴェンの「英雄」は、第1楽章こそ細部に拘泥せず、勢いに乗って進めて行くような趣になっていたが、第2楽章のミノーレが再現したあたりから演奏は俄然ニュアンスの細やかさを感じさせるようになり、音楽全体が柔軟に息づき、多様な起伏を感じさせるようになった。
 ヴィオッティの音づくりが所謂カチッとしたものではなく、ある程度の自由さを持たせたアンサンブルなので、響きと音色に空間的な拡がりを生じさせる。それが音楽をしなやかなものに感じさせる一因だろう。

 聞けば、今回はリハーサルの時間が少なかったらしいが(彼の乗った飛行機にトラブルがあった関係とか)、それがむしろいい効果を生んでいたのかもしれない。

 いっぽう「英雄の生涯」では、ヴィオッティは長い総休止の多用や、「英雄の主題」再現の際のテンポの大きな矯めなど、かつてのティーレマンほどではないにしても随所に大芝居的な仕掛けを導入し、凝ったところを聴かせていた。
 笑いを誘われたのは「英雄の伴侶」のくだりで、コンサートマスターのグレブ・ニキティンが弾いて描き出す「伴侶」は、最初は手弱女の如くながら、間もなくヒステリックな猛妻となり、ついにはオーケストラの「英雄」が癇癪を起しかけるといった情景をまざまざと想像させていた。R・シュトラウスの自伝の音楽としては、当を得た解釈と言うべきか。

 とはいえ今日の2曲の演奏、どちらかといえば、ベートーヴェンの「英雄交響曲」の演奏の方がまとまりは良かったと思えたのだが如何。東京響の各パートは極めて冴えていた。

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