2024-03

2009・3・24(火)河村尚子ピアノ・リサイタル
(紀尾井ニュー・アーティスト・シリーズ第14回)

   紀尾井ホール

 咽喉を痛めているため咳が出るのを警戒して、主催者に最後方の席をお願いしたのだったが、たいへんなお客さんが傍にいて閉口した。
 開演ぎりぎりに飛び込んで来たおばさんは、「席が後ろ過ぎる」と、演奏が始まりかけているのにまだ大きな声でブツブツ言っている。私の隣に座ったおじさんは、肘を私の方まで大きく突っ張ってのけぞり、のべつ鼻と咽喉を鳴らし、ついにいびきをかきはじめる。
 もっと驚かされたのは、すぐ通路を隔てた席にいるおじさんで、のべつ身動きしてジャンパーの衣擦れの音をさせ、音を立ててプログラムをめくっては何度も足元にとり落し、その都度ワサワサと騒々しく拾い、しかもプログラム最初のスカルラッティの短いソナタ5曲の間中、「終りか? まだか? まだやるのか。いくつやるんだ?」とブツブツ独り言を言い続けるのであった(そのくせ拍手は盛大にするのだ)。
 このほかにも、最後のショパンでまだ1曲残っているのに、贈呈用花束を持った人が客席から現われたりして、いや物入りの多いコンサートではあった。

 そんなわけで、最初のドメニコ・スカルラッティの5曲のソナタは半ば上の空で聴く羽目になったが、しかしなんとか神経を集中し、演奏する彼女の綿密かつ完璧に組み立てられた和音の構造美、いささかもゆるぎない音楽の推進力などを耳にして、なるほどこの人は大型新人、近年の逸材と言われるだけある、という思いを強くしたのは事実である。
 席を移ってじっくりと聴いたそのあとの曲は、ドビュッシーの「月の光」「2つのアラベスク」「ピアノのために」、後半はショパンの「舟歌」「作品27の2つの夜想曲」「バラード第3番」「アンダンテ・スピアナート(この部分は少々散漫。花束贈呈に気が散ったか?)と華麗なる大ポロネーズ」など。それらで、彼女の実力は充分に確認できた次第。

 如何なる音もゆるがせにしない確実なテクニックにも感心させられたが、音楽がある種の骨太さを感じさせたのは、和声の響きが完璧に創られているからでもあろう。演奏のスケールもなかなか大きい。
 欲を言えば、一つ一つの曲は実にがっちりと隙なく構築されているものの、何曲かを続けて聴いた時、それらの曲想に対応する情感や音色の変化が今ひとつ不足し、そのためやや単調な印象をも抱かされてしまう、ということか。つまり音の動きの中にある感情、肉感、魔性、おののき、といったもの。これらが演奏に備わるようになると、彼女は凄いピアニストになる。2006年ミュンヘン国際コンクール第2位、07年クララ・ハスキル国際コンクール優勝。
 

コメント

以前ほどではありませんが、マナーを守ることの大切さが解っていない方がたくさんいます。非常に不快です。高いお金を払って聴きにきているのに。
私はずーっと我慢できないので、止めてもらうよう意思表示します。
プログラムの音を出している人には、指を指してバッテン。いびきをかいている場合は、ひじかけをトントンする。オペラのバルコニー席で身を乗り出している人は肩をたたきます。声を出している人にはごく小さな声で「シッ」と言います。今まで数知れず実行していますが、ほとんどの場合はすぐに理解していただけています。

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