2024-03

2009・3・27(金)飯守泰次郎指揮関西フィルハーモニー管弦楽団の
「ワルキューレ」

  ザ・シンフォニーホール(大阪)

 「関西フィル、最初で最後のワーグナーですよ!(こんなカネのかかるものはウチではもうできませんよ)聴いておいて下さい!」と、関西フィルの西濱秀樹事務局長が風変わりなPRをしていたのは昨年、「指環」名曲集を大阪と東京でやった時のこと。

 どうせ冗談だろうと思っていたが、案の定、今年は「ワルキューレ」第1幕を取り上げた。来年は「トリスタンとイゾルデ」第2幕をやるという。
 たしかに制作費がかかる。エキストラも入れる必要があるし、演奏会形式とはいえ字幕付き上演である。
 大阪の自主運営オーケストラの心意気を見よ、というところか。
 採算度外視の意欲に敬意を払おう。

 ともあれワーグナーは、常任指揮者・飯守泰次郎きわめつきの十八番であり、ワーグナー・ファンから熱狂的な支持を獲得しているもので、東京だろうと大阪だろうとそれを聴ける機会があるのはありがたい。
 この日は最初に「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」が演奏され、そのあとに「ワルキューレ」第1幕が演奏された。

 飯守のワーグナーは、往年の指揮者のような豪壮雄大なタイプとも違うし、現代の指揮者によくある醒めた怜悧なタイプとももちろん異なる。普通のことを、普通の口調で語り続けるといった調子の、ことさら意図的な誇張や演出やこけ威しを排した指揮だが、そこにはどんな詭弁も及ばない真摯な深さがあり、温かい人間味がこめられている。
 私たちが彼のワーグナーを聴いて、何か安んじて心をゆだねていられるような気持になるのは、とかく忘れられがちな、ワーグナーの音楽におけるヒューマニズムが浮き彫りにされた演奏から受ける充足感ゆえではなかろうか。

 この飯守の指揮に関西フィルはよく応えたが、オーケストラのアンサンブルとしてはかなりガサガサしていた。
 もともと飯守の音楽はそれほど音をぴったり合わせるタイプのものでなく、雰囲気さえ出ていればそれで充分、という指揮だ。たしかに雰囲気は充分だった。
 が、それにしても、オーケストラ自身の姿勢として、もう少し緻密に演奏して欲しいものである。どのくらい練習時間を取ったのかは知らないけれども、こういう曲は普通以上の練習を積まないといけないのではないか。
 採算度外視のついでに演奏水準度外視になってしまっては、元も子もない。そして、もうちょっと音楽的に「燃えて」いただきたい。

 歌手陣。ジークムントを竹田昌弘。純粋な青年という役柄表現で成功。この人のワーグナーは――以前のパルジファルもそうだが――なかなかいい。
 ジークリンデは畑田弘美。今日は低音域があまり響かなかったが、ふだんはこんなものではないだろう。
 そしてフンディングは、木川田澄。声の重厚さ、貫禄、押し出しの良さで、以前のアムフォルタス同様、実に立派なものだ。

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