2024-03

2009・3・29(日)プッチーニ:「トゥーランドット」

  神奈川県民大ホール マチネー

 スダーンと東京交響楽団によるブルックナーの「7番」の本番も、ちょうど同じ時間にオペラシティで行なわれているはず。
 が、3日間ブルックナーとワーグナーにどっぷりと精神的にも浸っていたので、ここらで気持をプッチーニに切り替えたくなった次第。
 それに何故か「トゥーランドット」は、私がプッチーニのオペラの中で一番好きなオペラなのである。

 15日にびわ湖で観たプロダクションと同一のもの。舞台装置もかなり大掛かりなものだ。指揮も同じ沼尻竜典。ただし配役が異なる。

 トゥーランドットは並河寿美、この人は表情が映えるし、顔の演技もなかなかいい。3つの謎を解かれて屈辱の怒りに燃えるところなど、口の中で何事か罵りつつ求婚者を睨みつける眼ヂカラの物凄いこと。
 私がカラフだったら、たちどころに怯んで逃げ出すだろう。
 リューの愛の強さに心を揺り動かされる個所などの演技も、実にこまかくて上手い。
 この怒りの強さと感情の変化が、そのまま声楽的な表現に繋がればいいのだけれど、それには声が少し柔らかすぎるかもしれない。だが、期待充分のソプラノだ。

 カラフは福井敬で、今日は声が少々粗く、調子もよくなかったらしいが、それをカバーして声を響かせるあたりは相変わらずの練達ぶり。ただし演技が、いつもながらの類型的なものになっているのが惜しまれる。
 リューは高橋薫子、演技も良いし声も美しいし、可憐な味ではこの人を措いていないだろう。その意味ではさすがに映えたが、その一方、プッチーニの音楽というのはこんな可憐な役柄にさえドラマティックな声を要求する傾向があるのだなと改めて考えさせられたのも事実であった。

 神奈川フィルは、予想外に劇的な演奏を聴かせてくれた。
 カーテンコールを受けるために舞台上に現われた楽員たちも、陽気だ。今日のコンマスが先日のシュナイトの時のソロ・コンマスでなく、客員奏者だったためか、別オケのような明るい雰囲気。
 こういう調子なら、神奈川フィルの舞台は暗いなどと言われなくて済むのだけれど。

 沼尻の指揮は、先日の演奏よりも更に叙情的な色合いが濃かったように思えたが如何だろう。謎解きの場面での、トゥーランドットが激して行くあたりの緊迫感がどうも薄かった。
 先日の公演を聴いた時は、京都市響との呼吸の問題もあったか、などと妥協的な印象をこのブログで述べてしまったが、思ったとおり、これは彼の解釈の問題だった。この第2幕後半は、やはりオペラとしての劇的効果を欠いた演奏というべきではなかろうか。

 その代わり、第3幕アルファーノ編曲部分などでは、何かワーグナーの「パルジファル」を思わせるような官能美を演奏に湛えて、ここの音楽にこれまで聴いたことのなかったような魅力を付加していた。
 沼尻の今回のアプローチは、基本的にはこの路線に在ったのかとも思う。つまり、こけおどしのスペクタクルな咆哮にならない音楽。
 ただ、そうすると、今回の舞台装置が醸し出すイメージとは、少し違うことになるのだが。

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

私も見に行きました。豪華なキャスティングでしたね。カラフの声は良く通っていました。私はトゥーランドット役にはもう少しドスの聞いた声を期待していました。リューは綺麗な声でしたがプッチーニっぽいかと言われると疑問です。皇帝役に田口さんを使ってましたね。時代の変化でしょうか…豪華なものです。
オケはもう少し炸裂する場面があってもいいのでは??と感じました。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://concertdiary.blog.fc2.com/tb.php/442-c38fe59f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中